エピローグ

第23話 退屈は神をも殺す?


 空が晴れ渡り、吹く風が心地良ここちよい。

 太陽はないハズなのに、あざやかな木漏こもれ日が私を照らす。


「ふぁ~あ……」


 思わず両手をげ、欠伸あくびをしてしまった。実際には、そんなことをする必要はないのだが、肉体を得て活動していた所為せいだろう。


「きゅしゃ~……」


 と私の肩に乗っていた店長も真似まねをした。

 欠伸あくび伝染うつるというのは本当らしい。


 思わず――平和だねぇ♪――などと声に出したくなってしまったが、単に私が退屈なだけなので、それはめておいた。


 神としての役目のひとつを終わらせただけで、世界に平和がおとずれたワケではない。世界の可能性は無数にあり、今もなお、滅びの危機は存在し続けている。


 ニンクルラの時代における世界崩壊への流れを変えた私たちは【神域】へと戻ってきていた。


 今は烈風アウルたちに二人目の『悪役令嬢ヒロイン』の情報を集めてもらっている最中だ。

 『過去を変えた』ということは、当然『未来も変わる』。


 時代の流れが落ち着くまでは『私はなにもしない方がいい』という判断をくだした。


(確かに、女神がホイホイと地上へ出現するワケにもいかない……)


 どうやら今回の件で海の女神である『ティアムス』の〈神格〉も手に入れてしまったらしい。お陰で、子供だったこの身体からだも少し成長することが出来た。


 流石さすがに、この容姿で以前のように振る舞っていては問題だろう。

 子供のように振る舞うにはあざとく見え、大人のように振る舞うと背伸びしている感じが否めない。


 難しい年頃だ。パパの下着と一緒に私の下着、洗わないでよね!――とでも言っておけばいいのだろうか? いや、それはもう少し成長してからの方が良さそうだ。


 まあ、どの道――パパなどいないので――不要な心配である。

 親どころか、着替えの心配すらない。


(そう考えると、何故なぜむなしくなってしまう……)


 人間界での旅を終えた所為せいかもしれないが、余計な事ばかり考えてしまうようだ。

 霊鳥シムルグと約束した世界の救済だが、それが終われば、次はなにをすればいいのだろうか?


 水霊ミズチの話によると、彼は『双子の女神』と直接、会ったことさえないらしい。

 元々は双頭の蛇であり、常にもう片方の頭と喧嘩ケンカをしていたようだ。


 巨大な蛇であったため、周囲には迷惑を掛けていたのだろう。

 それが人間たちの罠にめられてしまい、片割れである頭をつぶされた。


 瀕死ひんしの状態だった所を『双子の女神』に助けられたのだという。

 失って初めて、その片割れの大切さを知る。


 最初は受けた恩を返すためと、人間への復讐ふくしゅうで動いていた。

 だが、次第に水霊ミズチ自身も『双子の女神』が彼らを退治するように『人間たちを仕向けたのではないか?』と思うようになる。


 しかし『双子の女神』へ刃向かったところで意味がないことも理解していた。

 だから『双子の女神』の指示にしたがい、世界を滅ぼす手伝いをすることにしたようだ。


 いつか世界を救済できる者が現れた時、その者が『双子の女神』を倒せる存在だと信じて――


 私は彼の御眼鏡おめがねにかなったことになる。

 だが同時に、もうひとつの結論へ辿たどり着く。


 もしかすると『双子の女神』は――自分を滅ぼしてもらうために世界を崩壊させているのではないか?――という考えだ。


 神となった者は変化することはない。

 変わらずに永遠を生きる。


 だとするのなら――いつかは誰かに終わらせて欲しい――そう願うようになるのではないか?


 世界を崩壊から救済することが出来る存在が現れたのであれば、その願いは叶うのだろう。


(やはり、詰まらないことを考えてしまうらしい……)


「私もいずれ、滅びを望む時がくるのかな……」


 とつぶやく。すると、


「きゅきゅ?」


 店長が首をかしげたので、私は指であごの下をくすぐった。

 気持ち良さそうな様子の店長。


 少なくとも私が結論を出すのは、まだ先のようだ。

 ただ、覚悟だけはしておかなればならない。


 私はドアを開け、誰もいない店内へと戻る。

 世界樹喫茶――ここはお客の来ない喫茶店だ。


 もし【神域】へ訪れることが出来る存在がいるのなら、私を終わらせることが出来る存在かもしれない。


 私はその時まで喫茶店を続けているのだろうか?

 終わりの時はまだ来ない。


 今日もまた、世界樹喫茶に閑古鳥かんこどりが鳴く。



 〈了〉

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