第4話(3)クオリティは細部に宿る
「ええ、リアリティに欠けます」
「……例えばどういうところが?」
「これはいわゆる『婚約破棄』ものですね?」
「そ、そうなります」
「主人公、ヒロインの人魚が人魚の王子から突然婚約を破棄され、宮殿から追放されるものの、実は数千年に一度の不思議な力を持っているということが分かり、慌てて呼び戻されるも、既に地上に住む人間のプリンスと結ばれていたと……」
「はい」
「今頃戻ってこいと言われても、もう遅い……ざっくりですが、そういうお話ですね?」
「そうです」
「ふむ……」
「そ、それでどういうところがリアリティに欠けるのですか?」
「まず婚約破棄ですね」
「そ、そこから⁉」
「ええ、婚約というものは一種の契約です。それを一方的に、何の責任も果たさず破棄するということはありえません。あってはならないことです」
「は、はあ……」
「出るとこ出た方が良いと思います」
「出るとこ?」
ヨハンナさんが首を傾げる。
「司法の場です」
「さ、裁判ってことですか⁉」
「はい、そうです」
「な、なんで……」
「ヒロインに落ち度が見当たらないからです」
「そ、それは王子が他の若い人魚の姫と結婚したくなって、婚約者のヒロインが邪魔になってきたから……」
「……ということは浮気ですよね?」
「ま、まあ、言ってしまえば……」
「ならばヒロインはその点を攻めるべきです」
「攻める⁉」
「はい。弁護士次第ならそれなりの賠償金が請求出来るのではないでしょうか?」
「ば、賠償金……」
「そのあたりの法廷劇を描いても面白そうですね」
「テ、テンポというものを重視しているので、婚約破棄まではなるべくスムーズにもっていきたいのですが……」
「しかし、実際はそこまでスムーズに事は運ばないでしょう?」
「じ、実際はそうかもしれません」
「そうでしょう」
「で、ですが……」
「ですが?」
「相手は人魚の王子です」
「はい」
「ヒロインよりも立場は上です」
「そうですね」
「その辺のことは権力でなんとでもなってしまうと思います」
「では……泣き寝入りをするということですか?」
「ま、まあ、そういうかたちになってしまいますね……」
「良いんですか?」
「え?」
「それで本当に良いんですか?」
「ええ?」
「戦うべきときは戦わないと!」
「い、いや、物語的にはさっさと先に進みたいので……」
「ヨハンナさんがどうしたいかです!」
「ええっ⁉」
「強大な権力に屈してしまうのは読者としても悔しいのでは……?」
「で、ですから、その後によりスペックの高い王子と結ばれ、前の婚約者を見返すところで、カタルシスが生まれます!」
「法廷でやり込めた方が手っ取り早くカタルシスが生まれるのではないでしょうか?」
「そ、それもそうかもしれませんが……クライマックスが早すぎませんか?」
「それは工夫一つです」
「工夫?」
ヨハンナさんが首を捻る。
「ええ」
「た、例えば?」
「法廷劇をじっくりと描けば……」
「ほ、法廷劇を⁉」
「はい、文量は確保出来ると思います。それにテンポの良さ、丁々発止の台詞のやり取り……法廷劇との相性はかなり良いかと……」
「あ、そ、そうですか……」
「それでは、法廷劇で進めてもらって……」
「ワ、ワタクシはそういう話は書きたくありません!」
「‼」
「あ、す、すみません……ですが、ワタクシがもっとも書きたいのは、人間の王子とのラブロマンスです。婚約破棄によって傷ついた心が人間の王子との交流で癒されていき、ヒロインは再び、生きる希望を取り戻していきます……そういった心の機微を書いていきたいと考えています。そういうものを好む方は結構多いと思うのですが……それではダメなのでしょうか?」
ヨハンナさんが私に尋ねてくる。やや間を空けてから私は答える。
「……それもリアリティに欠けると思うのです」
「⁉ い、いや、この場合はそれだから良いのではありませんか? 住む場所の違う者同士がふとしたきっかけで知り合い、恋仲になっていく……」
「そこですよ!」
「えっ⁉」
私がビシっと指差す。ヨハンナさんはビクッとする。私は謝る。
「ああ、失礼……」
「い、いえ……そこというのは?」
「……住む場所の違いです」
「は、はい?」
「人間の王子と結ばれるわけですよね?」
「そ、そうです」
「その後は?」
「は?」
「その後はどこで暮らすのですか? 人間の王子は陸の上でしか生活できませんよね?
それにヒロインが海から離れるのはあまり良くないと思うのですが?」
「お、おっしゃっているのは結ばれた後の話ですよね? そのあたりは、言ってしまえばどうでもいいことだというか……」
「いや、そういった部分もしっかり決めるべきです!」
「そ、そんな⁉」
「クオリティは細部に宿ります!」
「!」
「そういう設定も決めてこそ読者もグッと引き付けられるはずです」
「……そ、そうでしょうか」
「そうです」
「なかなか難しいですね……」
「あまり難しく考えず……ん?」
その時、私は自分の頭に何かが閃いたような感覚を感じる。またこの感覚だ。
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