第4話(1)またまた体を張った取材
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「はあ……」
私は砂浜でため息をつく。おじさんが話しかけてくる。
「どうしたんだい、モリ君? いい若いもんが昼間からため息なんかついて」
「もう夜ですよ……」
「え? ああ、本当だ、気が付かなかったよ」
「いや、気が付くでしょう……」
「作業に夢中になっていたからね」
「そっちで何の作業をしているのですか?」
「それは秘密だ」
「秘密って……」
「なんだい、なんだい、随分と不安気な声色だね?」
「それは不安にもなるでしょう……」
「なんでまた?」
「なんでまたって、夜の無人島で二人きりになっているからですよ!」
そう、私は今、街からかなり離れた場所の無人島にいる。スーツ姿で。おじさんと二人で。
「大丈夫だよ、朝には知り合いの漁師が迎えの船を寄越してくれるから」
「本当ですか? 得体の知れないモンスターとかに襲われたりしないですか?」
「この島にはそういう危険なモンスターはいないよ」
「そうなのですか?」
「ああ」
「それはご経験からですか?」
「仕事柄、こういう場所には慣れているからね」
「そ、それは心強いです……」
「もっともこの島は初めてきたからよく分からないが」
「は、初めてって! じゃあどうしてモンスターはいないって断言したんですか⁉」
「長年の勘ってやつだ」
「か、勘って……」
この適当なことを宣う、禿頭の中年男性はデンラジャ先生という方で、かなり名の知られたルポルタージュライターだ。先生の突っ込んだ取材内容には大変ファンが多く、発売する本はベストセラーの常連である。
それがこの度、我がカクヤマ書房から本を出版するということになった。何故にしてマイナー出版社の我が社が、人気ルポライターのデンラジャ先生とこうして仕事が出来ることになったのか。
「……出来たようだな」
「?」
デンラジャ先生が茂みの方へ向かい、鍋を持ってくる。何か妙な臭いがするなと思っていたら料理をしていたのか。妙な色あいのスープを持ってくる
「ふむ……」
「先生、これは……?」
「これが今回の取材の目的だよ」
「目的?」
「ああ、世界の珍味をテーマにしている」
「え? 打ち合わせでは無人島を巡ると伺っていたのですが……」
「それだけだと面白みがないと思ってね、その島で獲れる食材で料理を作って、それを食し、その味についてもレポートしようと思ったんだ」
「は、初耳なのですが……」
「さっき思い付いたからね」
「さ、さっきって……」
「おまけのコラムなんかでどうだろう?」
「構成については後々あらためて打ち合わせを……」
「そうだね……じゃあ、食べてごらん」
先生は鍋から皿に盛って差し出してくれる。
「あれ? 先生はお食べにならないのですか?」
「僕は食べたことがある。君の新鮮なリアクションが見たいんだ」
「は、はあ……」
「さあ、遠慮なく」
「それでは失礼して……いただきます」
「どうぞ」
私はスプーンでスープを口に運ぶ。
「! に、苦っ……」
「やはり苦いか……」
「な、なんですか、このスープは⁉」
「まあ、それは良いじゃないか」
「良くないですよ」
「続いては……」
「ま、まだあるのですか?」
「こっちのシチューだ」
先生は別の鍋を持ってきた。また独特な臭いと色あいをしている。
「な、なんのシチューですか……?」
「……」
先生は無言でシチューを皿に盛る。
「せ、先生?」
「さあ、お食べ」
「ま、また私ですか⁉」
「新鮮なリアクションが見たいんだ」
「は、はあ、そうですか、いただきます……」
私はため息まじりでシチューを口に運ぶ。
「どうだい?」
「‼ か、辛っ!」
「ほう、この島のアレは辛いのか……」
「ア、アレってなんですか⁉」
「お次はこの汁物だ」
先生は新しい鍋を持ってくる。
「また珍しい臭いと色あいですね……」
「そりゃあ珍味だからね」
「……これはなんでしょうか? 肉?」
「この島で獲れる例のアレだよ」
「だから例のアレってなんですか⁉」
「まあまあ、食べて食べて」
「はあ、いただきます……⁉ す、酸っぱ!」
「ほう、酸味が強いのか……」
先生がメモを走らせる。私は咳き込みながら先生に尋ねる。
「……先生、参考になりましたか?」
「ああ、珍味シリーズ、意外とそれだけで一冊書けそうだね」
「そ、そうですか……ちなみにアレとは?」
「食べたら不老不死になると言われている……」
「⁉ ま、まさか、に、人魚⁉」
「冗談だよ、僕は人魚にも知り合いがいるからね、食べる気にはならないよ」
「わ、悪い冗談過ぎますよ……」
このデンラジャ先生のルポは発売され、大きな話題を呼んだ。編集長も喜んでいる。早くも第二弾をという話が出てきたが、私はなんとかはぐらかした。どこに連れていかれるか、何を食べさせられるか分かったものではない。体当たりの取材を行うとは聞いていたが、編集まで巻き込むとは……我が社と仕事をする理由が分かった気がする。それはそれとして私が主に任されているのは、小説でヒット作を出すことだ。今日も打ち合わせだ。
「あ、こんにちは……」
「⁉ す、すみません!」
下半身が魚の女性が入ってきたので、私は反射的に頭を下げた。
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