第2話(3)スポ根とラブコメとちゃんこ
「……伺いましょう」
「……『スモウ』をやるっす!」
「はい?」
「あれ? モリさん、知らないっすか、スモウ?」
「い、いえ、知っています……というか覚えています」
「巨大な男たちが半裸でぶつかり合う競技っす!」
競技というか、あれは神事だったと思うが……まあ、それに関しては置いておこう。
「……それで?」
「この世界に住むゴブリンがふとしたことで命を落とし、ニッポンに転生するんす!」
「ふむ……」
「転生した先で、そのゴブリンはスモウ部屋に入門することになるっす!」
「はあ……」
「ゴブリンは憧れの女性に励まされ、意地悪な先輩からの理不尽なシゴキにもめげず、ライバルたちと切磋琢磨して、カクカイのヨコヅナを目指す、サクセスストーリーっす!」
「……」
「どうっすか⁉」
アンジェラさんが身を乗り出して感想を聞いてくる。
「小柄な体格のゴブリンが大柄な相撲の力士たち相手に戦っていくというのは面白そうではありますね……スポ根要素ですか。ただ単純に戦っていくのは、ちょっと変化に乏しいかなと思うのですが……」
「部屋の親方の娘とのラブコメ要素も入れます」
「ラブコメ……」
「後は『チャンコ』!」
「え?」
「知らないっすか、スモウレスラーはチャンコという鍋料理を食べるんすよ」
「ああ、そ、それも覚えています……」
「これでグルメ要素もバッチリっす!」
「うむ……スポ根にラブコメにグルメですか……」
「話にアクセントは付けやすいと思うんすけど!」
「うん……」
「どうっすかね?」
「まず率直に……」
「はい、なんすか?」
「主人公がゴブリンというのは……ちょっと華がありませんね」
「ええっ⁉」
「読者の方が手を取りたくなるとは思えません……」
「そ、そうっすか……」
「ええ」
「う~ん……」
アンジェラさんが腕を組んで考え込む。私は尋ねる。
「なにかありますか?」
「そ、それなら!」
「え?」
「スライムはどうっすか⁉」
「ス、スライム?」
「はい!」
「また急に飛びましたね……」
「『転生したらスモウレスラーだった』ってタイトルで!」
「タ、タイトルまで⁉」
「はい、今、パッと浮かんだんす! 略して『転スラ』!」
「りゃ、略称まで⁉」
「どうでしょう⁉」
「ちょ、ちょっとお待ちください……」
私は前のめりになるアンジェラさんを落ち着かせる。
「こういうのって案外、タイトルからストーリーを思い付くっていうパターンも多いって聞くんすけどね~」
「そ、そういう話も聞かないことはないですね……」
「でしょう⁉ 行きましょうよ! 転スラで!」
「う、う~ん……」
「駄目っすか?」
「いや、響きは良いような気はしますけどね……」
「それなら良いじゃないっすか!」
「ちょ、ちょっとお待ちを……」
「は、はい……」
「えっと……つまり先ほどのゴブリンの役割をスライムに置き換えるということですね?」
「そうなるっすね」
「話は結構変わるのでは?」
「もちろん、細部は変わるっすけど、基本のサクセスストーリーは変わんないっす」
「うむ……」
「サブキャラも変わらないっす」
「ということは、ラブコメ要素もグルメ要素も引き継げると……」
「はい!」
「なるほど……」
「どうでしょう?」
「えっとですね……」
「?」
アンジェラさんが首を傾げる。
「根本的な話をします」
「根本的?」
「はい、スポーツと小説という媒体の相性があまりよくありません……」
「!」
「頂いたスコープ・ザ・ボ―ルの小説も読ませてもらいましたが、よく分からないのです」
「分からない?」
「ええ、私はスコープ・ザ・ボールの経験者ではありませんので、細かい動きに関して、どうにもイメージが掴めないところがあって……」
「イメージ……」
「イメージが掴めないということはすなわち、そのキャラクターたちが何をしているのかがさっぱり分からないということです」
「! さ、さっぱり……」
「この世界で大人気のスコープ・ザ・ボールを題材にしても、私のような読者は出てきます。いわんや、噂レベルでしか知られていない相撲を題材にされても……」
「読者にはまったく伝わらないと……」
「そうなるかと思います」
「そ、そうっすか……」
「や、躍動感などは感じられたので、書き方次第だとは思いますが」
私は慌ててフォローを入れる。
「でも、止めた方が良いと……」
「おすすめは出来ません」
「そうっすか……」
「違うジャンルでアプローチしてみるのが良いかと思います」
「ち、違うジャンルっすか? そ、そう言われても……競合の少ないスポーツもので勝負をかけようと思っていたので……」
「こういう場合は『気付かなかったから誰もやれなかった』ではなく、『気付いていたけど誰もやらなかった』と考えた方が良いです」
「‼」
アンジェラさんは私の言葉に衝撃を受ける。私は声をかける。
「少し極端な話をしました……ん⁉」
その時、私は自分の頭に何かが閃いたような感覚を感じる。
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