第2恋

 駿斗の想い人、伊藤いとう佳乃よしのとの出会いは去年の、高校一年生の秋だ。部活に向かう前、何となくいつもと違うルートで向かおうと思って別のルートで部室に向かっていた。ちょっとした冒険のつもりで通った廊下はいつもと違う雰囲気で、何故か少しワクワクした。

「ここは漫画研究部か。漫研ってやつか、それこそ漫画で見たことある世界だなぁ」

 廊下に飾られた自分では描けないイラストを眺めながら、駿斗は感心したように呟いた。

「俺の顔も描いてもらいたいなぁ。イケメンに描いてもらいたいなぁ」

 そんなことを呟きながら漫研の部室をこっそり覗くと、ミニ冒険を楽しむ自分以上にワクワクした様子で絵を描く少女がいたのだ。その様子に駿斗の心は奪われた。

「俺も、あんなにキラキラして見えるのかな」

 楽しそうに部活動をする少女のように自分も部活動を楽しんでいると伝わるほどキラキラしているだろうか。そう思うくらい、彼女は楽しそうだった。

「あ、やべ、部活行かなきゃ」

 もう少し見ていたいと思いつつ、彼女を見ていると早く部活をしたくなってきた。駿斗は少女に背を向けて走り出した。



 これが出会いだった。そして、自分が彼女に好意を抱いたと自覚したのもその日だった。部活の休憩中、頭の中にいるのは少女だった。もし、このドリンクを用意してくれたマネージャーが彼女だったら、もし、あそこで部活の様子を見ている女子生徒の中に彼女がいたら、もし、部活動終わりの自分を彼女が待っていてくれたら、もし、あのキラキラした顔で自分を見てくれたら、そう考えるだけで嬉しさのあまり体温は上がるし、顔の緩みが抑えられない。

「やば、好き」

 そう呟いた瞬間、駿斗は持っていたドリンクを一気に飲んだ。冷たいものが身体中に広がって、恋を自覚した自分の体温を少しではあるが冷やしてくれたため、駿斗は冷静になれた。

「こうなったら行動は一つだ。彼女のことを知らないと」

 駿斗の行動は早かった。さり気なく友達から彼女の名前とクラスを聞き出し、さり気なく話しかけに行った。プリントの提出とか業務連絡を積極的に引き受けては彼女のクラスの通い、周りに違和感を覚えさせないように話しかけた。そうしたのは、自分が少し人気のある人間だという自覚があったからだ。好きな女の子に、自分が好きというだけで迷惑をかけたくない。好きだからこそ守れる立場になってから堂々としたいのだ。

「あ、伊藤さん。プリント集めているみたいだよ」

 こんな感じで佳乃の前の席に座る友人と話しながら、チャンスを窺っていた。そして、そのチャンスを掴んでは無駄にしないよう努力してきた。

「あ、うん」

 でも、彼女の返し方は駿斗の望むものではなかった。別に好意を持ってほしいとは思わないが、何となく自分を異世界の人間だと思っているかのような話し方だった。自分にも彼女の友達のように笑いかけてほしかった。佳乃の世界に入れてほしかった。

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