抜け殻の内側

@OshioAoi

第1話

「なんのために自分は生まれたんだろう」

世界中の人々が考える疑問だろうが、

それに頭を巡らせているときは

「自分は周りと違う」

という若干の高揚感を得る。


何千年、何万年と数多くの偉人たちがいたにもかかわらず、

この問いに対する絶対解は出すことができていない。

それが教科書に書いてあったら人生がどんなに楽だったろうか。


「そんなものは存在しない。その人自身が見つけるものだ。」

という意識高い系の成功者たちが、

スマホの画面の中で高そうな服を着て喋っている。


そうだよな。と失望と納得の両方の感情が頭を支配する。

画面の見過ぎで、目の奥が痛む。


この手の動画や自己啓発本は人並み以上には耳に入れているはずだ。

しかしそれらが脳に刻み込まれることによって、

発せられる信号が変わって、

行動が変わって、自分の周りの世界が変わった試しはない。


「橘(たちばな)は意識高いよな。俺も頑張らないとな。」

そんなことないで。と言いながら、

そうやって周りに言われることで安心している自分がいる。


自分は頑張っている。周りとは違う。

異質なものとしての"違う"ではなく、

お前たちより高次元なところにいるぞ、という

一種の蔑みを混ぜた感情だ。




前期のテストがもうすぐ始まる。

単位を取らないと留年してしまう。

それはまずい、親に怒られる。


軽く教科書とノート見直しておけばいけるだろう。

そんな気持ちで開いた教科書は、

書き込みがなく、

何のヒントもない、ただの本だった。

ノートに至っては初日と2日目以降の内容が書いていない。

『期末テストは●日ごろ。プレゼンが月に1回ある』


これで何のテスト対策ができんねん。

と自分でツッコミを入れ、

前の期末試験も同じこと思ったことを思い出して嫌になる。


テスト後、点数が発表されたときに

横から神山が覗き込んできた。

「橘、やっぱすごいな。俺より全然点いいやん」

見ると自分の方が10点ほど高かった。

こういったラッキーパンチを打つのだけは得意なようだ。


「俺は要領悪いからさ・・・」

と言いながら鞄から出してきた教科書とノートは

付箋がたくさん貼られ、書き込みが多く、

紙がシワシワになっていた。


「ただのラッキーやで。」

「またそんなん言うて~~。羨ましいわぁ~~。」


ラッキーパンチが当たったときは、

安堵と喜びを感じられるが、

その気持ちはほんの一瞬で、

すぐに受けた評価と自分の能力のギャップを突き付けられる。

悪いときは悪いと評価されないことはある種のダメージとなる。


時間と体力をかけて、もぎ取った58点と

理由もわからず降ってきた65点は

何とか安く美味しく作ろうとスーパーをはしごしてくれた母が作る豚汁と

かっこつけるためにだけの理由で選んだ高級レストランの500円の水くらい、

濃度に差がある気がした。

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