第3話
Fは来年自殺すると心に決めていると、知り合って三ヵ月ほどのときに教えてくれた。ポイントは今年じゃないこと。それから、縊死を考えており、ネットの自殺掲示板を見せてくれた。
「首つり自殺に失敗したけど質問ある?」というスレッド名で、さも自殺未遂経験者が自慢し合うような場所に、Fは自身の犯された身体をボディという抽象的な言い回しで描写していた。スレッドを立てた人物は自分の自殺の失敗談を神聖なできごとのように書きこんでおり、Fがそれに対して自分の方が悲惨な学生時代を送っていると異議申し立てていた。
正直なところFの性別は不明だ。男女どちらにしても、性的虐待を受けたFは男性器を実の父親から穴に突っ込まれたことがあると告白していた。そして己に対し、生き恥だ! と自戒しながら、自殺失敗より心が死んだまま生きることの方が辛いと罵って、スレ主と決着のつかない醜い争いを繰り広げていた。
Fは後日、同じ掲示板に詳細を書き込んだ。とても見ていられない内容で、俺はフィクションであってくれと思った。いや、掲示板に投稿したF自身が一番そう願っていたと思う。幸い、胸を揉まれる描写はなかった。て、ことはやっぱりFは男?と思って今に至る。
もう余計な話をしたくないので、話題を変えるためにFに来年の話を持ち出した。我ながら手口が汚いと思う。
〈F、来年が今年来たらどうするんだ?〉
次に蝉が鳴く頃には、Fの絵師としての生活は終わる。
〈今年は来ないよ。だって、親父は海外でバカンスだからね。帰国予定は来年七月。あわよくば、向こうでオネエでも見つけて、そいつと結婚してくれたら助かるんだけどな〉
Fの父親は今、フィリピンにいるらしい。有名なクラシックピアニストらしい。俺は興味がない分野だから、想像を膨らませるなら、崇高なものを丁寧に扱う職人のような人間か。はたまた音楽に美を見出した頂点に立つ者が成るべくしてなるような職業なのかなと思っているのだが。どうやらそうではないらしい。家で他人には言えないような浅ましい行いをする人間が、美しい旋律パートを担う弾き手とは。世も末だ。いや、世は終わってるか。
俺のような就職活動に失敗した負け組を山のように産んだ社会は、「終わり」以外になんであろう? 北斗の拳の世界? みんなで殴り合う武力行使で競い合おう方が健全なこともあるだろう? 学力よりコミュニケーション能力で企業に勤められるかどうかが決まる社会なんて。根暗はどうしようもないじゃないか!
電柱の木陰とはいえ、立っていると足が少し痺れる。蝉の抜け殻が足元に転がり、犬の糞尿も少々。ここでスマホに齧りついていることを、自分で意識すると不思議な気分になるな。誰か第三者の視線を感じる錯覚というか。自意識過剰なだけだが。
Fの父親は某フィルハーモニー交響楽団に所属している。毎年定期演奏会を催すそうで、S席は一万五千円もするらしい。一万五千円とか、ゲームソフトぐらいでしか支払ったことがないな。あと、光熱費。
まあでも、衝撃的だ。芸術家ってのは、頭がおかしくならないと務まらないのかもしれない。手の届かない場所にいる人間というのは、往々にして変態または変質者なのかも。俺もなれるかな。ならないとな――でも、どんな変態になる?
Fは、自分の身を案じようとしない。それが、また奇妙で。こいつも大物なのだろう。Fは自分のボディについては、動物の一つであると客観している。子宮から産み落とされ、その実、どの家庭でも同じように保育園、幼稚園、小学校、中学校と通わされ、将来は就職し、運命の誰かと家庭を築く。反吐が出るよな。いや、Fがそう言ったわけじゃないけど、繁殖するって動物的過ぎて気持ち悪いよな。
〈ねえ、今度オフ会しないか?〉
唐突だった。いや、俺がいつまでも返信を打ち込まないから、Fが気をきかせて会話を繋げようとしたのかもしれない。だとしても、オフ会とは驚いた。俺はFに意地悪な質問しかぶつけていないのに。
はっきり言って願ったり叶ったりだ。
〈マジよか。会ったら、泣き顔絵の涙の理由を教えてくれよ。それから、創作のこと話してもいいか〉
俺が書きたい小説の話、主にライトノベルについて、流行作品を追わないといけないのかどうなのかといったこと。小説って、自分が面白いと思うものを世に面白いですか? って問うもののはずなのに、ライトノベルに限っては流行っているから取り入れて、そこに自分の書きたいものを二割足す感じだとか聞いた。本当かどうか確かめたい。それから、文章作法なんかも。いや、絵師のこいつに聞いていいものか知らんが、Fなら全てに答えを持ち合わせているだろう。こいつは、浮世離れしているからな。いや、俗世間と乖離しているのではなく、世の中を一歩引いた目で見ているというか――。
だけど、本当に知りたいのは別のことかもしれない。Fは俺の文面に嫌気が差していることだろう。ほら、返事が五分以上経っても反ってこない。単刀直入に問いかけられることを嫌うからな。
昼休みが終わってしまう。もう残り一分しかない。あ、来た。
〈誘い方が悪かったよ〉
〈お前が謝るのかよ〉
〈ぼくら、本当に友達なのか確かめたくて。来てくれるよね?〉
うんと入力してため息をつく。たぶん違う。年下のこの少年に憧れている俺は崇拝者だ。
顔も名前も知らない相手と会う約束をしたのははじめてだ。Fが休日ならいつでもいいと言うので、即、今週末の土曜に会うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます