もし、「今日」が今日も終わらなくても。

錦木れるむ(ほぼ活動休止中)

第一週 

一日目-①  変わらぬ日々

「……なぁ、少年。本当は君も気づいているんだろ?」


 錆が入った緑色のフェンスに寄り掛かったまま煙を吐き出した後、彼女はゆっくりとそう呟いた。日が暮れる前特有の淡いだいだい色に染まった空に消えて行く煙草の煙が、彼女の言葉と共に印象的に目に焼き付く。


——あぁ、やっぱりこの人もだったのか……。


 彼女はまだ何一つとして具体的なことは述べてはいないものの、言わんとする事は手に取るように分かる。長い間俺の心に渦巻いていた疑念がついに確信へと変わった。

 ずっとこの人は他の人とは何かが違うんじゃないか、もしかしたら気づいているいるんじゃないかって、そんな違和感を感じ続けてはいた。まぁ、今まで俺以外の人に出会うことが一度たりとも無かったから、本当になのだと確信を持つことができていなかったのだが。

 夕日に照らされる中、再び煙草に口をつけた彼女の姿に思わず見惚れてしまい、慌てて空へと視線を移す。先程の言葉に何かしらの返事をするつもりでいたのに、今ので何を言おうとしたのか忘れてしまった。


——やっぱり俺は……この人の事が好きだ。


 そう、改めて自分の想いを強く自覚するのと同時に、つくづくにウンザリする。仮にこの気持ちを彼女に伝えたくても、この世界の時間はあまりにも短すぎるのだから。何処までも残酷だけど、何処までも美しいこの日々。それは俺にとっては憎くてしょうがないものだったが、今ではそれと同じぐらいかけがえのないものになりつつある。



 彼女、野永春音のながはるねの財布を拾った、すなわち初めて会った日。それは俺が三年目に入って二ヶ月ほど後の事だった。日で換算すると、ちょうど二週間前。そこで、まだ二週間しか経っていないとは思えないぐらい、彼女がくれた日々は印象的な物であったのだと気付かされる。彼女は、歯車が無くなってしまった時計みたいにずっと停滞していた毎日に、ありふれていたはずなのにいつの間にか取りこぼしていた大切な日常を、俺に気づかせてくれた。



———〈二週間前、自宅〉



 半覚醒状態の意識の中、ちょうど向かって左の方からアラームがしつこく喚き散らかしている音が聞こえる。


——もう、か。


 ぼんやりと考えながら、枕に突っ伏したまま左腕をゴソゴソと動かす。多少苦戦を強いられはしたものの、やがてスマホを掴む事に成功し、そのまま人差し指で画面を叩くと音は止んだ。うつ伏せのまま一度大きく伸びしてから、ベッドから起き上がり、ほんの少しだけ期待を抱きながらスマホのロック画面の日付を確認する。表示は相変わらず「二〇二二年六月十日(金)」となっていた。


——やっぱりか……まぁ、そうだよな。


 意識が休まるのはほんの一瞬なくせして、体の疲れだけは完全リセットというの相変わらずの謎仕様に苦笑してしまうのと共に、ほんの少しだけ落胆する。変わるはずが無い事に期待すべきで無いとは分かっている。だが……未だに、毎朝どうしても期待してしまう俺がいる。

 なんともバカらしくなり、小さくため息を吐いた。ベッドから降りて、窓際にポツンと佇むハンガーラックに掛けられている制服を手に取って、慣れた手つきで黙々と着用していく。ズボンのベルトをベルトループに通していた所で、外から鳩の鳴き声が聞こえてきた。


——もうすぐだな。


 その途端、「ガチャリ」という大きな音を立てて部屋のドアが開かれ、中学校の制服に身を包まれた一人の少女が入って来る。ぴったりのタイミングだ。


「お兄ちゃん、おはよう!お母さんが仕事行く前に朝ご飯準備してくれてたみたいだから、早く食べよ!四十秒で支度しな!」


 ご機嫌な表情で左手を腰に当てながら、右手の人差し指をピンと立てて俺に向けてくる二歳年下の妹、羽美。彼女がいつもと変わらぬネタを披露してくれたのを見ながら最適解の返答を選択する。


「あー……おはよう。あと少しで準備終わらせるから先に食べててくれ。俺もすぐ行く」


「えー、お兄ちゃんテンション低い。もう、四十秒しか待ってあげないんだからね!」


 俺の言葉に、羽美はわざとらしく頬を膨らませて怒ったような口調をするが、ここで「四十秒で間に合うわけないだろ?」と言う答え方をするのは上手い選択肢ではない。


「分かった分かった……」


「もう!早くしないとお兄ちゃんの分食べちゃうんだからね!」


 俺の適当な返事に呆れたのか、そんな世にも恐ろしい脅し文句を残して、羽美は早々に撤退して行った。そう……真っ当な返事をするよりも実はこうやって適当に答える方が会話する数が少なくて済む。

 

 さっさと着替えを終わらせ食卓へ向かうと、先に羽美が食べ始めていた。その隣の席に腰掛けて手を合わせ、少しばかり焦げが目立つトーストを何も考えずに口に運んで行く。ふと横を見ると彼女はもうすでに食べ終えていたようで、熱心に朝のニュースを見ていた。そんな様子を見て、相変わらず早いなと変な所で感心してしてしまう。


「……ということで、本日は東北地方で雨が降ることは無さそうです」


 画面に映し出される気象予報士はそう言うが、その予報は今日もきっと外れることになるのだろう。


「やったぁ!じゃあ今日は傘いらないんだね!」


 予報士の言葉にいつものように無邪気な笑顔を見せる羽美。梅雨の晴れ間を喜んでいる気持ちを踏み躙るようで多少申し訳なさのようなものを感じるが、これも彼女の為だ。


「いや羽美、さっき窓から見たら雲行きがちょっと怪しかったから一応持って行け、傘。折り畳みでもいいから」


——雨が降るって言うのは決して嘘じゃ無い……。でも、やっぱり少し胸が痛むな。


 突然傘を持って行けと言われた事にきょとんとした顔をする羽美。そんな彼女の表情を眺めながら、また今日もいつもと同じような一日になるのだろうと勝手に想像した。



 朝食の後片付けと一通りの準備を済ませた後、羽美と一緒に家から出発する。俺も知っている彼女の友達が最近どうだとかの他愛の無い話をしながら歩き、俺の向かうバス停方向と中学校の方向の分岐となる十字路に着いた所でお互いに「いってらっしゃい」と「行ってきます」を交換し合って、別れた。


——それにしても、やっぱり……暑い。


 半袖のワイシャツですらも鬱陶しく感じてしまう程の、湿気が混じった梅雨時の不快な暑さ。どうにもならない事だとは分かりながらもそれに悪態を突きつつ、今日は数ヶ月ぶりに学校に行くことにした。まぁ、数ヶ月ぶりとは言っているものの、だと昨日も行っている事になるのだが……。

 しばらくバス停までの道のりを進み、数人の人陰が見えてきた辺りだった。俺は目の前に広がっているいつもと同じはずのバス停前の光景に、なんとも言えないような違和感を覚えて思わず立ち止まった。

 俺が道端で急に立ち止まった事に、近くにいた人々は怪訝そうな視線を向けていたが、そんな事は気にも留めずにじっくりと同じ場所を観察する。記憶にあるここの景色と、今の視界に映る物を照らし合わせていくと、その違和感の正体が分かるのに大した時間は要さなかった。一瞬、呼吸が止まったのが自分でもよくわかる。


***

おはようございます。錦木です。一日目を投稿したのが四月だった為、今回、最新のフォーマットでのバージョンアップ(書き直し)を行いました。前の物に比べると内容がある程度鮮明化されてると思います。また、最新話の執筆が遅れておりますが、頑張って書きます!

 

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