性悪婚約者の置き土産「じゃあ、そういうことで。あとは各自で頑張って」
六道イオリ/剣崎月
[01]ディアヌ・十六歳
乙女ゲームではなく小説の中の人になったらしい――
そう感じたのは、十六歳のとき。皇太子の婚約者になってすぐの頃。
――はいはい、わたしは地の文皇太子妃ね
この物語の主人公はコレットという。
彼女は実はこの国の王の娘。母親は平民で皇王とは(自称)恋人同士だったが、いろいろあって別れ、そのあとに妊娠が発覚し、女手一つで育てていたが、無理がたたったようで、コレットが十歳のときに亡くなった。
それまでなにもしていない、真実の愛を掲げる皇王の無能さに関して、目を瞑って欲しい。そうじゃないと話が進まないので。皇王の無能ぶりは、義理の娘予定のわたしもよく知っている。
話を戻すが母親を失ったコレットは、商家の下働きをして生計を立てていた。そんなコレットが十二歳のとき、商家にやってきた貴族がコレットを見かけ「皇王の愛人だった女にそっくりだ」と気付き――そこからコレットは皇王の落胤と認められ、王宮に引き取られる。
物語そのものは、学園生活がメイン。
最初は周囲に拒まれ、蔑まれているコレットが、頑張って友達を増やし、一人の男子生徒と恋に落ち、卒業後に結ばれるという、王道中の王道。
乙女ゲームではなく小説なので、コレットは男子生徒だけではなく、女子生徒とも交流するし、逆ハーレムなんてものはない。
物語を引き立てる悪役は、コレットの異母妹にあたる皇女のクラリスが担当。
正妻の皇妃を母親に持つクラリスは、我が儘姫そのもの。
とくにコレットと恋に落ちる侯爵令息ラファエルに、クラリスも恋をしている。
クラリスに言わせると「わたしのほうが先にラファエルのことを好きだった」だが……恋は早い者勝ちではないので、無駄な意思表示だとは思うが。
コレットに良い感情がないクラリスは、学園でコレットを執拗に虐める。
そんなコレットを助けるラファエル、そして二人の仲が深まる――
クラリスは良い当て馬だった。
そして二人がくっついたあと、クラリス邪魔になる……ので、最後の最後の見せ場「結婚式当日コレットを監禁して、ウェディングドレスを来たクラリスが大聖堂に」という凶行に出たのち、手助けしたクラリスの実母の皇妃もろとも幽閉エンド。
そして二人はハッピーエンド。店舗特典SSには、二人の幸せなその後が書かれている。
店舗特典は七種類だったが、もっとも売れたのはクラリスのその後の凋落ぶりだったとか。みんなざまぁ好きだね。
わたしも大好き!
クラリスはたしかに性格は悪いが、皇太后に「決め手はその性格の悪さだ」と言われ、皇太子妃に選ばれたわたしよりは、はるかにマシ。もちろん、全く可愛くない義妹だけど。
だから物語通りに進んでもいいかな? と思い、傍観しようと思っていたのだが――
「わたしの婚約者のディアヌだ」
わたしの婚約者でクラリスの実兄である皇太子ジェロームに、コレットを紹介したいと言われたので場を作った。
ちなみに現年齢だが、わたしは十六歳、皇太子は十四歳、コレットは十二歳。クラリスも十二歳。
「初めまして、コレット」
コレットは乙女ゲームではないので、ストロベリーブロンドではなく、艶やかなブラウンブロンドのボブカット。
顔だちは可愛らしいの一言。
皇后ゆずりのきつめの容姿のクラリスと比べたら、十人中八人は
話は弾まず――コレットは完全にわたしを邪魔者扱い。
もちろん男性は気付かない、女性にしか分からない嫌味タイプのもの。
そのコレットの態度に思わず笑った。
皇太子はそんな技術など使わずとも、気付かない――皇太子ジェロームは、他人の心の機微に関して怖ろしいほど鈍感。
愚鈍……ではなく鈍感なジェロームはともかく、良い子ヒロインコレットの態度とは、到底思えない。まるで別人に感じる。
――わたしと同じ、記憶持ち?
疑いを持ったわたしは、すぐに身辺を探る。
わたしは正当な皇太子妃だから、コレットより権力がある。
王宮の召使いの統括は高位女性が行う。とくに役職がついている高位女性のテリトリー。役職というのは、皇太后とか皇妃とか皇太子妃とか。ただの皇女よりも格が高いので、召使いたちも言うことを聞く。
そんな彼らに命じて探らせた結果 すぐに証拠を手に入れることができた。
迂闊にも日記に「プレイしたことない、乙女ゲームの世界っぽい」――コレットはこの物語を読んだことはないようだ。
この世界を乙女ゲームの世界と勘違いしているコレットは、乙女ゲームのヒロインのように動き始めるとともに、クラリスを悪役令嬢と判断したらしく、陥れはじめた。
性格の悪さで言えばわたしのほうが、遙かに極悪――ちなみにわたしは物語の中で「皇妃と同じ名前の皇太子妃」と書かれるだけ。
なので例えコレットに記憶があったとしても、わたしのことは無視するだろう。
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