約束はまだの大魔王


「――お見事でした。やはり貴方は、ワタクシが見込んだとおりのお方でしたねぇ」


 突然泣き出したメルダシウスを、ソルレオーネの人々は暖かく見守り、心配し、そして寄り添った。

 その輪から少しだけ離れた場所から様子を見ていたエクスとフィオの二人に、もはやお馴染みとなった軽薄な声が届く。


「ラナか。今までどこに隠れていたのだ?」


「アハハー。せっかく我が主が数万年ぶりの共同生活を満喫しているというのに、その最中にワタクシなんぞの顔が見えたら台無しでしょ~? これでも空気は読める方なのでぇ~!」


「空気が読めるかどうかはともかく、今回は君のお陰で助かったよ。ありがとう、ラナ」


「何を仰いますか。私がいくら頑張ったところで、我が主の心を動かすことは出来ませんでしたァ。御礼を言うのは私の方ですよ~」


 二人が声のする方を振り向くと、そこには銀色の羽を持った一羽のカラスが広場の木々に停まっていた。

 当然その正体は、闇の宰相リンカウラ・ラナにして大賢者アスクレピオス。

 カラスの姿をしてるのは、ようやく人の輪に囲まれた主の邪魔をしないための彼なりの配慮だった。


「たった今、ここ以外の全ての異世界から我が主の力が消えたのを確認しました~。今まで彼女のワガママに振り回されていた人々も、これで解放されることでしょ~」


「ふむ……しかし解放とは言うが、そうすんなりといくものなのか? 独裁とは言え、メルダシウスはその世界の主導権を握っていたのだろう?」


「仰る通りですねぇ~。異世界の中には我が主が支配していたからこそバランスを保っていた世界も沢山ありましたぁ~。ですので、しばらくは超有能で勤勉で働き者のこのワタクシが~、やんわりと放任主義で面倒をみることにいたしますよ~」


「ははは! あのドラゴンと君、どちらに支配された方が面倒なのかは、この際考えないようにしておくよ」


「いえいえ~、ワタクシに主ほどの力はありませんのでねぇ。あくまで、混乱を防ぐための一時的な処置しかできませんよ」


「フッ……貴様が自分からそのような厄介事を引き受けるとはな。どうやら、貴様のメルダシウスへの忠義は本物のようだ」


「そりゃあもう! これでもワタクシ、大変な〝孝行息子〟ですのでねェ~!」


 互いの顔を見合わせ、穏やかな笑みを浮かべる二人と一羽。

 軽口を叩いてはいるが、ラナの言葉にはその場にいる誰よりも深い安堵と喜びの色がありありと浮かんでいた。


「それにしても、本当に上手くやりましたねぇ? 私はただ、我が主の〝煽り耐性が壊滅的〟だとお伝えしただけでしたのに」


「上手くやった……か。どうやら、暫く隠れていた君じゃ私の自慢の伴侶であるエクスが何をしたのかまでは、さすがに分からないみたいだね?」


「はっはっは! 実は今回の件、俺は特に〝何もしておらん〟のだ! 俺の役目はメルダシウスをソルレオーネに入居させるところまで……その後は正真正銘、なーんにもしておらん!」


「な、なんですと~~? けれど、あちらの皆さんは……」


「確かに、テトラにメルダシウスの話し相手を頼んだのは俺だ。だがその後はまーじで何もしてないぞ。テトラやクラウディオと比べれば、大した話もしていないしな」


「あの輪の中にいる入居者のみんなだって、私達とはなんの関わりもない。エクスはこの一ヶ月、普段通り私との愛の日々を過ごしていたよ」


「それはそれは……流石のワタクシも開いた口が塞がりませんねぇ……」


 この一ヶ月、エクスは何もしていなかった。

 あまりにも衝撃的すぎるそのカミングアウトに、ラナは絶句する。

 

「なあラナよ……俺がこのマンションで働くようになって半年。まだまだ短い時間だが、それでも俺はここで楽しく充実した日々を送っている。俺はただ、メルダシウスにもそうなって欲しいと思っていただけなのだ」


「〝そうならなかった時〟の事はお考えにならなかったんですかァ~? いくら我が主が豆腐メンタルのチョロゴンとはいえ、彼女は数万年もボッチだったんですよ~?」


「その時はその時だ。俺はメルダシウスの呪いを受けた十年で、孤独の辛さと誰かが共にいてくれることの尊さを知った……」


「エクス……」


 言いながら、エクスは今もぴったりと彼に寄り添うフィオの手をそっと握る。


「そしてだからこそ、孤独を癒やすことも、誰かと繋がりを作ることも、魔法やチートによって成せるものではないことを知った。力で孤独が癒やされるのであれば、メルダシウスの孤独はとうに癒えていただろうからな」


「ですねぇ……」 


「だからな、かつての俺が貴様と交わしたメルダシウスと友達になるという約束は、未だ果たされてはおらんのだ! 彼女と俺が友になるのはまだこれから……その先で何があるかなど誰にも分からぬ。だがそれこそが、〝共に生きる〟という事であろう!」


 元無敵の大魔王にして、ソルレオーネ管理人ロード・エクス。

 どこまでも誇らしくベージュのエプロン輝く胸を張り、まっすぐにラナを見据えるその金色の瞳に一切の迷いなし。


 ラナはその立ち姿を驚きと共に見つめ、やがて沸き上がるような嬉しさと共に頷いた。


「――ありがとうございます。貴方と……いえ、この世界と出会えて本当に良かった。ワタクシは今、心の底からそう思いましたよ……」


「ファーッハッハッハ! なんと言っても〝無二の友〟である貴様との約束だ! これからも貴様との約束を果たせるよう、全力を尽くすつもりだぞ!」


「フフ……もちろん、妻である私も協力させて貰うよ」


「ええ、ええ……私もお二人と一緒に頑張りますとも。私にとっては我が主と同じように、皆さんだってとーっても大切な存在になっておりますのでねぇ~!」


 絆はこれから。

 

 この地で数万年ぶりに咲いた〝ひとりぼっちのドラゴン〟が紡いだ絆。

 その小さな輪をみやりながら、エクス達はここから始まる新たな日々に思いを馳せるのであった――。



 マンション管理業務日誌#06

 全宇宙消滅の阻止――業務報告完了。

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