認める大魔王


「と、も……? だ、だれが……だれと……? 誰と……友だというのだッッッッ!?」


 そう叫んだメルダシウスの瞳には、今にもあふれ出しそうなほどの涙が溜まっていた。


 メルダシウスと自分達は友達だと。

 そうテトラに告げられた少女は、その胸から溢れ出した大きな感情の正体を理解することが出来なかった。


 悲しいのか。

 悔しいのか。

 はたまた怒っているのか。


 それとも――嬉しかったのか。


 あらゆる感情がない交ぜになり、後から後からあふれてくる。

 数万年もの間必死に目を逸らし、強がり続けた〝ツケ〟が、たとえ力は強くともその心は幼いままの少女に襲いかかっていた。


「その……ぼく達って、とっても仲の良いお友達……ですよね? 少なくとも、ぼくはメルさんのこと……大切なお友達だと思ってますっ!」


「そんな……そんなこと、あるはずがない……っ! 我に……友などできるはずがない……っ! 我は邪竜……! 誰からも恐れられる……最強のドラゴンなのだッ! だから……そんなこと、あるはずがない……っ! あるはずないのだッッ!」


「メルさん……」

 

 そう言うと、メルダシウスはテトラに背を向けて部屋から駆けだしていく。


 去り際に残されたあまりにも悲痛な少女の声。

 その声に、テトラはただ呆然と彼女の背を見送ることしかできなかった――。


 ――――――

 ――――

 ――


『――ようこそソルレオーネへ! 今日は当マンションのオープン半年記念! ソルレオーネはこれからも入居者の皆様と地域の人々とを繋ぐ皇都の中心地として――』


「…………」


「こんなところで、どうしたのだ?」


 逃げるように駆けだしたメルダシウスが向かった先。

 それは先だって理事会で承認された、ソルレオーネの入居者による地域交流会の会場だった。


 どこまでも広がる青空と、そびえたつソルレオーネの下。

 大勢の人で賑わう会場の外れ。


 その小さな手に会場で貰った赤い風船を握りしめ、どこか遠い世界の出来事でも見るかのように一人立っていたメルダシウスに、エクスはそっと声をかけた。


「……少し、考え事をしていたのだ」


 じっと会場を見つめたまま、メルダシウスは呟く。

 エクスは無言で頷いてメルダシウスと肩を並べ、共に会場へと視線を向けた。


 二人の視線の先では、今も大勢の人々が笑みを浮かべ、広々とした芝生の上に設けられた出店やアトラクションを楽しんでいる。


 子供も大人も。

 年老いた者も、生まれたばかりの幼子も。

 家族も、恋人も、一人の者も。


 それぞれがそれぞれの立場で、共に同じ時を過ごす光景。

 その光景を、エクスとメルダシウスは何も言わずに見つめ続けていた。そして――。


「――貴様がここにやってきて一ヶ月だな」


「…………」


「貴様は俺に、自分はボッチ・ザ・ドラゴンではないと言った。そしてそれを証明するためにソルレオーネに入居し、一ヶ月の間ここで共に暮らした……今日がその期日だ」


 その言葉に、メルダシウスが握る赤い風船が僅かに揺れる。

 エクスにそう告げられた少女の横顔が〝悲しみと諦め〟に陰り、その薄い桜色の唇が悔しげに引き結ばれた。


「〝貴様の勝ち〟だ……せっかくこの地に住む者どもが手を差し伸べてくれたというのに、我にはその手を取ることが出来なかった。やはり、我はどこまでいってもボッ――」


「――〝俺の負け〟だな。貴様は確かにボッチなどではなかった……流石は、最強のドラゴンだ」


「え……?」


「メルさんっ!」


 エクスとメルダシウス。

 双方は同時に自らの敗北を宣言した。

 

 そしてそれと同時。

 驚きと共に顔を上げたメルダシウスに、エクスとは別の声がかけられる。


「テトラ……? それに、みんなも……」


「メルざんは、オイラの友達でず……!」


「クラウディオ……っ?」


「ほんっとーに水くさいっス! 自分達はもう〝四回も〟お泊まり女子会した仲じゃないっスか!? もっとメルさんのお話し聞かせて欲しいっス!」


「ぱ、パムリッタ……」


「個人的には、友達ってこんな風に宣言するものじゃないかなって思ってるんだけど……それでも、私だってみんなと同じ気持ちだよ。メルダシウスさん」


「カルレンス……」


「あー! 〝さいきょー〟のお姉さんだ!」

「ねーねー! また一緒に遊んでよー!」

「この前みたいにお空飛んでー!」


「がきんちょ共まで……!?」


「見ての通り、あの古文書の記述はねつ造だったようだな。俺も貴様にあらぬ疑いを持ったこと、謝罪する!」


 振り向いたメルダシウスは、あっという間にテトラを初めとした大勢の人々に囲まれた。

 管理人チームはもちろん、少し遊んでやっただけの子供達も。

 気まぐれに重い荷物を運んでやっただけのお婆さんの姿も。

 狭くては大変だろうとエレベーターを譲っただけの、ベビーカーを押す夫婦の姿もあった。

 

 たとえその始まりがエクスや管理人チームの思惑がきっかけだったとしても。

 今ここに現れた人の輪は、確かにメルダシウスが自力で作り出した光景だった。


「正真正銘、貴様はボッチなどではなかった……そしてこうなってしまえば、最早俺には打つ手もない……後は貴様の好きにするがいい」


「な、なんのことだ?」


「貴様は俺やこの世界を滅ぼすためにやってきたのだろう……? 古文書に書かれていた貴様の弱点をつけば、俺達にも勝ちの目があるやもと思ったのだがな……」


「世界を、滅ぼす……? そ、そうであった……我は……我は……そのために……っ」


 エクスの言葉を受け、メルダシウスは思い出したように目を見開く。

 そして不思議そうな目を向ける人々の輪を離れると、それまで握りしめていた赤い風船を手放して大魔王エクスに対峙した。


「そうだ……! 我は無敵で最強の……力の極致たる存在! 数多の世界において、我だけが強者……我以外のすべてが弱者……ッ!」


「…………」


「誰からも恐れられ……敬われ……望む物はなんでも手に入れてきた! そして……だから……ッ!」

 

 突然始まった少女の独白を、集まった人々は首を傾げて見つめていた。

 子供達に至っては、また何か面白いことでも始まるのかと目を輝かせ、メルダシウスに期待の眼差しを向けている。


 誰も彼女が自分達を害するなどとは思っていない。

 誰も彼女が恐ろしい存在などとは思っていない。


 そんな――この一ヶ月、短い期間ながらも同じ時を過ごした人々の、その無垢な瞳を向けられた少女は――。


「でき、ない……のだ……っ。もう我には……この世界を壊すことなど……っ! だって……すごく楽しくて……! ずっと……ずっと寂しくて……っ」


「メルダシウス……」


「でも……っ。それは全部わたしが……自分でそうしたのだ……! わたしが悪いことばかりするから……みんなから、怖がられることばかりするから……っ! ごめん……なさい……っ。ほんとうに、ごめんなさい……っ」


 そう言って膝をつき、かつて〝邪竜と呼ばれていた少女〟は、ついに大声を上げてわんわんと泣いた――。

 

 

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