最後の昔話 その竜がまだ竜だった頃
世界は一つではない。
エクス達が生きる世界の他にも数多の世界が同時に存在し、それらは世界の外に広がる巨大な闇の中で、夜空の星々のように輝きながら浮かんでいる。
しかし夜空の星々がそうであるように、世界にもまた終わりがある。寿命を迎えた世界はやがて砕け、また闇の中に還るのだ。
今この時もどこかで世界が終わり、新たな世界が生まれる。
そしてそんな世界の中で命が生まれ、やがて死んでいく。
それはいくら時が流れようとも変わらない、無限に続いていく不変の営み――そのはずだった。
『我はメルダシウス! 我こそは究極の力! 我こそは力の極致!』
ある時。一つの世界が崩壊を迎え、まるで卵の殻を食い破るようにして〝巨大な竜〟が現れた。
竜はそれまで誰も立ち入ることが出来なかった世界の外の領域――無限の闇にも躊躇なく飛び出すと、闇の中でその巨大な翼と体躯を広げた。
『我以外の弱者は全て滅びた。だが、我は滅びぬ――!』
一つの世界の終わり。
それは当然ながら、その世界の中に住む命の終焉を意味する。
しかしこの竜は――メルダシウスは、己が持つ強大な力によって自らの世界の終わりを乗り越え、それまで誰も破ることのなかった世界という枠を破壊して見せたのだ。
『我は強い、誰よりも強い! 世界と共に滅びるなど、誰が受け入れるものか! クハハハハハハハハーーッ!』
どこまでも広がる闇の中に、メルダシウスの強靱な咆哮が響き渡る。
それは正しく勝利の雄叫び。命が生み出した力が、ついに滅びの結末を乗り越えた瞬間だった。しかし――。
『――だがこれからどうするか。我以外の弱者は皆滅びてしまったからな……生き残ったのは我のみだ。フン……さ、寂しくなどないのだからなっ!?』
しかしなんたることか。
この竜はかなりの寂しがり屋だったのだ。
あまりにも強く、暴れん坊で自分勝手。
子供の頃は友達のおもちゃを『お前の物は俺の物。俺の物も俺の物』などと言っては強奪し、学校では不登校を繰り返して両親や先生を心配させ、夏休みの宿題は余裕のノータッチ。
どこからどう見ても正真正銘の不良ドラゴン。
メルダシウスもそれでいいと思っていた。
だがそんなメルダシウスにも家族はいた。
それでも話しかけてくれる友達がいた。
気にかけてくれる大人達がいたのだ。
『……誰もいないのか。もう、誰も……』
彼らを助けようとしなかったわけではない。
面倒だ、お節介だ、邪魔だと思っていた知り合い達だが、助けられるなら助けてやりたかった。
しかし出来なかった。
力が足りなかった。
当時のメルダシウスでは、世界の滅びから自らの身を守るだけで精一杯だったのだ。
『ま、まあ……我は凄まじく強いからな! そのうち慣れるであろう! きっとそうに違いない! は、ははは……ハハハハハハハ!』
再び響く竜の咆哮。しかしその音色はどこまでも悲しく、まるで両親とはぐれた迷子の泣き声のようですらあった――。
こうして、メルダシウスは孤独になった。
世界そのものの死という滅びの結末を乗り越え、初めて世界の外に飛び出した存在という栄誉と引き替えに、それまで当たり前のように持っていた全ての絆を失って。
『なぁに……なんと言っても我は究極の力を手に入れた無敵のドラゴンだからな! 友達の一人や二人……も、もしかたら素敵な恋ドラゴンとかも出来たりして……! とにかく、出会いの一つや二つ、すぐに手に入れてみせるわ! フハハハハーーーー!』
あまりの寂しさに今にも折れそうな心をなんとか支え、まだ〝ただの力ある竜〟だったメルダシウスは、数多の世界が輝く闇の中に当てもなく飛翔していった。
そして、それから数万年後――。
『グアアアアアアアアアア! 憎い、リア充共が憎いいいいいいいいいいいいッ!』
果たして、ただの竜だったメルダシウスは、いつしか邪竜として数多の世界に君臨するようになっていた。
元から素直になれず、コミュ力も高くないメルダシウスが、他者を威圧する絶大なパワーまで持ってしまったことは完全なる不幸だった。
誰とも対等になれない。
誰にも心を開くことが出来ない。
誰からも恐れられ、誰からも異質な存在としか見て貰えない。
気の遠くなるような時間の果て。
孤独という闇の中から抜け出せなくなったメルダシウスはすっかりボッチを拗らせてしまい、自分以外の全てを憎む恐るべき邪竜へと変貌してしまったのだ。
『友だと!? 彼ピだと!? 夫婦だと!? 許さん……絶対に許さんぞ矮小なる者どもよ! 我が永劫の孤独を貴様らにも味合わせてくれるッッッッ!』
メルダシウスの怨嗟の咆哮が、数億数兆という数の世界を大きく揺るがす。
もはや邪竜にとってのリア充とは、自分以外の〝全ての命〟と同義。
無限の力で自分自身を増やそうとも。
神の真似事をして〝良く喋る有能な部下〟を創造してみても。
無数の世界を支配して、力で絆を作ろうとしても。
何をやっても、邪竜の孤独が癒えることはなかったのだ。
「やれやれ……〝寂しい〟と、ただ一言そう口に出す〝弱さ〟があれば、そこまで苦しむこともなかったでしょうにねぇ……」
闇の中で荒れ狂うメルダシウスを見つめ、同じく闇の中に立つアスクレピオスが悲しげな表情で呟く。
「貴方から生まれた存在である私が〝それを知っている〟ということは、そういうことなのですよ。我が主……」
『憎い……! 矮小な弱者共め! 群れねばなにも出来ぬ弱者共め! もはや我は我のみでいい! 強者である我には、誰も必要ないのだああああッッ!』
絶望に満ちた主の叫びを背に、アスクレピオスは輝きと共にいずこかへと消える。
彼が国境沿いでエクスと出会い、辺境でフィオを見いだしたのは、それからさらに一万年以上後のことであった――。
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