異世界を知る大魔王


「そうですか~。先日の騒ぎにそのような事情がねぇ……」


「俺も猶予と種さえわかっていれば奴らに対抗できたであろうが……あの場では、テトラがいなければ危ういところだった」


「…………」


 ラウンジでの騒動から一夜明け。

 騒動の主犯たちを捕らえることに成功したエクスは、テトラとフィオを伴ってラナの元へと赴いていた。


 管理人チームによって明らかになった犯人たちの正体は全員が未成年――それどころか、まだ十代前半という子供だった。

 彼らはみなマンションの上層階に住む富裕層の子息であり、今回の件も彼らの両親にはすでに伝達している。

 破損した調度品や窓ガラスなどはエクスの魔術で元通りにはなったものの、彼らの迷惑行為によって発生した損害に対する最終的な判断は、会長であるラナの意見を仰ぐ必要があったのだ。


「彼らも十分に反省しているのでしょ~? 商業区の損害補填はすでに保険で済ませてしまいましたし。警察沙汰にするまでもないんじゃないですかぁ~?」


「ほう!? まさか他でもない貴様の口からそのような温情が飛び出すとは! やはり本来の貴様は優しい男――」


「ククク……それに今回の件は、彼らのご両親にとってはこの上ない弱みになりますからねぇ~。大切なお子さんの将来がかかってますものねぇ~ッ!」


「撤回する……やはり悪魔だった!」


「それでいいと思うよ。実際、彼らはすでにもっと大きな〝代償〟を払っている……テトラ君の話では、彼らの力――〝チートスキル〟はもう消えてしまったんだろう?」


 室内すべてがモノトーンでまとめられた、実にラナらしい部屋の中央。

 ガラス張りのテーブルを挟んで報告書に目を挟むエクスたちの視線が、先ほどからずっと黙っているテトラに注がれる。


「えーっと……そうです。あの人の力は、今はぼくが持ってます」


「テトラがあのリーダー格の少年の力を奪ったというわけだな。あの中で他にそのチートスキルとやらを持っている者はいたか?」


「いいえ、一人だけでした。他のみなさんに特別な力はありません」


「ふ-ん……ひとまずは安心していいってわけだね」


「ならば教えて貰えないかテトラよ。君やあの少年は、いったいどのような存在なのだ?」


「それは……」


 緊張からか、怯えるように縮こまるテトラ。

 エクスはそんなテトラを安心させるように肩に手を置くと、つとめて穏やかに尋ねた。


「ぼくたちは、こことは違う別の世界で一度死んでしまって……その世界の記憶を覚えたまま、この世界に生まれ変わってるんです。ぼくをこの世界に〝転生させてくれた人〟は、ぼくのことを転生者って言ってました」


「〝異世界からの転生者〟……ですかぁ。私もそのような存在がいるらしいという話は耳にしていましたが、取るに足らないオカルトだと思っていたんですがねぇ~」


「君を転生させた存在が別にいるってわけか……でもどうしてそんなことを……」


「それが……詳しい理由はぼくにもわからないんです。けど、あの犯人の子もきっとぼくと同じ……あの姿を消すチートスキルも、それを奪ったぼくの力も、ぜんぶその人から貰った力です」


 別世界で死んだ者が、全く違う世界で新しい生を歩む。

 どこぞの宗教で語られるような死生観が実際に存在するというテトラの話。

 エクスもフィオも、ラナでさえ。実際に彼の持つ力の存在を知らなければ、そうそう信じることはできなかっただろう。


「前の世界で死んだぼくを、あの人は〝可哀想〟だって言ってました。そしてぼくのこの力で、〝次の世界を守って欲しい〟って……」


「テトラに守って欲しい? 世界というのは、俺たちのこの世界のことだろうか……?」


「たぶんそうだと思います。ぼくも最初は意味がわからなくて……けど、この世界でパパとママの子供として生まれ変わって、前の世界では考えられないくらい幸せに育てて貰ってるうちに、ちょっとずつ気付いたんです……」


 テトラはそう言うと、肩に添えられたエクスの大きな手の平を、自身の小さな両手できゅっと握り返した。


「大魔王さま……! この世界は本当にとても素敵な場所なんですっ! 大きな戦いも終わって、人もモンスターもみんなが仲良しで……! だからぼくみたいな転生者が、その邪魔になるのが嫌で……っ」


 エクスの金色の瞳に、青く透き通ったテトラの大きな瞳が映る。

 僅かに涙ぐんですらいるように見える彼の瞳には、今のエクスやフィオでは完全に理解しきれない程の想いが浮かんでいた。


「ずっと黙っててすみませんでした……っ! お願いですから、これからもここで働かせてくださいっ。これからも大魔王さまや、みんなと一緒に……!」


「テトラ……」 


 その訴えを受けたエクスはなにも言わず、涙ぐむテトラの肩をそっと抱いた。


「心配するなテトラよ……たとえ貴様がどのような存在でも、ここから追い出したりするものか。むしろ俺からも頼む……これからも、ここで一緒に働いてくれ!」


「大魔王さま……っ」


「フフ……テトラさんの評判の良さは私の耳にも届いていますからねぇ。貴方がいなくなったら、みなさんもさぞや悲しむと思いますよ~?」


「私だって君の働きぶりは高く評価しているよ。今回だって君は活躍こそすれ、なにも悪い事なんてしていないじゃないか。これからもエクスのことを頼んだよ、テトラ君」


「その通りだぞテトラよ! 貴様がいなくては、誰がこのマンションの汚れを落とすというのだ!? 万が一辞めたいと言っても全力で拒否するから覚悟しておくがいい! ファーーーーッハッハッハ!」


「あ……ありがとうございますっ!」


 その場にいる三人から励まされ、テトラは涙をためたままの笑みで何度も何度も頭を下げる。


 だが――。


(異世界にチートスキル。そしてそれらを操る黒幕か……やはり、〝あの少年〟にも話を聞いてみなくてはなるまいな……!)


 微笑ましいテトラの姿に目を細めながらも、エクスは新たな混乱の予感に内心で気を引き締めるのであった――。


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