第5話 『反省』

「今の自分の考えを改めようとしてるんなら、素晴らしいことだと思うけど?」


「それ、褒めてる?」


「もちろん。自分で自分に”本当の”ダメだしができる人間なんてそんなにいないからね」


「"本当"の?」


「そうだよ」


「”嘘”のダメだしって何?」


「反省した”ふり”のことだよ。

 例えば『俺ってダメなやつなんだよ』というように、

 さもダメな自分を認めているようで、その実、

 そう発言している自分に酔っているってやつ」


「なんか……俺もあんまり変わらないような……」


「似ているようだが違う。まず反省してないやつは”へこみ”はしない。

発言に酔ってるだけだからね」


「……」


 彰も潤が本当に沈んでいるのは感じていた。

 その時、その場で感覚的に共感することで、その人を慰めることは自分でもできるかもしれない。がしかし、孝弘のように分析した上で、他人との違いの説明をすることは自分にはできない。


(自分もそうできるようになりたい)


 目の前の説得力のある孝弘の言葉を聞いて、そう強く思っている彰をよそに、孝弘の分析はさらに続く。


「それと決定的な違いは、反省しない人間は


【他人が出した話題で自分が追い込まれて不利になった時】


もしくは


【自ら話題を出しても責め続けられる危険性が全くない状況】


でしかそういった自供をしない」


「どういうこと?」


「今回、話題を出したのは彰だ。だから前者の例にあたる。

 そして今回、その話の中で、誰も潤を責めたり追い込んだりはしてはいない」


「……そうだけど」


「つまり、潤がスルーさえすれば何も起きない状況。

 自分が不利な内容ならスルーするのが一番いいと考えるのが普通だ。

 にもかかわらず潤はスルーせずに『”夢”だと思ってないから』という

 マイナス的思考を『自分が抱いている』と自供しただろ?」


「……うん」


「それこそ単に今考えついたことにすればいいところを、

 わざわざ『自分がそう考えているから』ってマイナスにしてさ」


「まぁ……実際そう考えてたからね……正直へこむけど……」


「反省しない人間なら、それを隠して誰かが出した考えに乗っかったりするんだよ。

 『ぼくもそう思う!』って他人事のようにね」


「それだと自分の考えと違うじゃん!」


「ははは。そうだね。自分の考えとは明らかに真逆のことを、

 自分もそうだと偽って発言してることになるね」


「いやぁ~さすがにそれは俺には……無理だわ……」


「それを”無理”と言える潤だからこそ、さっき褒めたんだよ。

 実際、どんなに自分を偽ったって、

 いづれ自分の行動で自滅するのは目に見えている。

 その場の発言だけで、できないことができるようにはならないからね。

 いわゆる”口だけ”というやつだ」


「行動が伴わなければ無理だよね」


「彰の言うとおり」


「潤、自分を自ら戒めることができるというのは、僕もすごいことだと思うよ」


「彰~ありがとう~……孝弘もありがとう」


「御礼を言われることでもない」


 孝弘は微動だにせず潤にそう返した。


「それにぼくも簡単に”反省”という言葉を使ってはいるが、

 しっかりと”反省”ができているかというと難しい」


「孝弘が? ”反省”?」


「別に変なことじゃない」


「あんまり想像できないね」


「それほど”反省”というのは難しいということさ。

 ミスした時はそれらしいことはするだろうけど、

 その先を見ようとするなら、うまくいった時も反省はしなければいけない」


「うまくいってるのに? 反省すんの?」


「ぼくの知りうる”知識”ではそうなっている。

 むしろ上手くいったときほど反省には意味がある、とね。

 ただ、さっきも言ったが所詮”知識”であって、

 まだ自分の能力として吸収できてはいない」


「たしかにそう言ってたね」


「その先かぁ……何が見えるんだろう?」


「”感謝”と言われているね」


「感謝?」


「うん。うまくいった時のことを振り返ることで、

 それが自分の力だけでなく、他人の力があってこそのことだと

 明確に認識することができるようになる、とのことだ。

 自分の力だけでは不可能だった、と深く認識することで、

 初めて本当の”感謝”ができるという考え方だね」


「本当の感謝……」


「なんか逆に、ミスした時の原因を他人のせいにもできるような怖さがあるな」


「それは”自分の力”、ようは力量から目を背けているだけの可能性が高い」


「あー……」


「たしかに」


「他人のせいにするというのはそういうこと。

 ”反省”も”感謝”も難しいことに変わりはない。

 ぼくのニュアンスでは、反省の先に感謝があるから、

 おのずと『反省ができない=感謝ができない』に繋がる。

 なので逆説的に『感謝ができる=反省ができる』という認識でもいる。

 そこから、反省した”ふり”をする人は、感謝も”ふり”なんだろう、と発展する。

 それは本当の感謝じゃない」


 自分には必要だと思っているものがあったとして、その”習得が難しいから”という理由で挑まないなんてことはありえない。ましてや、単に考える労力だけで別に命を奪われる心配もないことに”挑む”以外の選択肢なんてあるんだろうか。

 おそらく孝弘はこんな風に考えているんだろうな、と、潤と彰の心の中の意見は必然的に一致した。


「とはいえ、本当の感謝とはなにか? もまた長くなりそうな話だけどね」


「孝弘みたいに考えたことはなかったな」


「……意識するようにします」


「ぼくにとっても難しいことなんだけど、

 今は意識することくらいしかできないからな」


 感謝というものを深堀りしたことなんてなかった潤と彰は、孝弘のその考えに圧倒されていた。実際のところ、何が本当の感謝かはわからないし、孝弘の言っていることが正解かもわからなかったが、人としてちゃんと感謝ができるようになりたいという想いだけは、三人に共通していた。

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