v1.1.0 翌朝
◇ ◇ ◇
ジリリリリリリリリ
けたたましく鳴るアナログな目覚まし時計を叩いて止め、のっそりと起き上がる。
ぐっと伸びをして、カーテンを開ける。
朝ごはんを雑に作って食べ、歯を磨いて、着替えて、いつも通りの朝のルーティンをこなしながら――なんだかやたらと疲れているのを感じる。
ほんと、ここ数日は、本当に怒涛のような毎日だった。
タグがひどいことになってるのに気づいたり。
SNS、さらにはインターネットを見る決心をし、実際に見たり。
クラスのみんなの「ダークナイト」イジりを発見して凹んだり。
掲示板のことで嵌められて、犯人にされ、みんなの前で謝罪したり。
そして七橋さんとハッタリ含みのロングトークを展開したり。
……なんというか、数日で体験する事としてはいくらなんでも密度が高すぎるし、起こってる出来事にひどさしかない。
高校入学してからこれまでの一週間ちょっとでよくわかった。
つくづく俺はネットとかITとかそういうものに嫌われている。
ARグラスを使えばハッカーに侵入される。
ネットを使えば嵌められる。
そしてもちろん小6の時のあの事件の事。
ほんと、どんだけ俺はITに祟られる星の下に生れてきたんだろう。
……でも。
だからといってITとかネットとかを避けるのももうやめだ。
ネットを避けていたら、また今回のように、周囲のみんなに怪しいと思われる。
せめて、ちゃんと自分の事をわかってもらいたいし、皆のことも知りたいし
ネットに触れることは怖いけど、ちゃんと周囲と関われないのも、同じくらい怖い。
だから――
よし、と気持ちを引き締めて、今日もまたARグラスを身につける。
聞き馴染んだフォン、という音と同時に、視界の外に時刻の表示が出て、ARグラスの起動を確認。
そして――
さあ、今日はどこからどのように現れるんだいミントさんよ。
周囲に視線を走らせ、身構える。が――
「あれ?」
何も起こらない。
いつもだったらこの辺で「おはようダーリン!」っていう元気な声、あるいは眠そうな声が聞こえてくるものなんだけど。
ミントも珍しく寝坊かな。
肩透かしを食らったような心地でなんだか落ち着かない。
とはいえミントの登場を待ってるのも変なので、学校に向かう事にする。
今日は燃えるゴミの日だったのを思い出して、ゴミ袋を持ち、靴を履き、外に出る。
外は気持ちのいい快晴。
朝らしいエネルギーに満ちた雑音が街を埋めている。
しかし――ミントのいない静かな登校というのもなんだか新鮮だ。
……ってそう思ってしまうくらい、ここのところミントとの登校が当たり前になっていたんだな、という事に、今更ながら気付かされる。
「ミント、か……」
今回の事を通して、一つ分かった事がある。
ミントは、確かに俺の端末に侵入してきた、悪い奴だ。
でも、人を陥れたり、そういう事はしてこない。
あの時、あいつは確かに俺を助けようとしてくれたし、言っていた事に嘘はなかった。
そういえばミントは「ダーリンに嘘はつかない」なんて事も言っていたんだっけ。
……え、じゃあ、「好きだ」っていうのも、本当だったりする?
はははまさかそんな。
こんな俺みたいなのが好かれる理由なんてあるわけもない。あればっかりはさすがに冗談か何かだろう。
もちろん、ここまでが前振りで、これからとんでもなく酷い目に遭わされるのかもしれない。
タグの一件みたいに、俺の知らないところですでにひどい事が進行してる可能性だってある。
でも――それはそれとして、あいつのことを、一人の人間として、もう少しよく知りたい。
まあ、聞いたことにまともに答えてくれる気もしないんだけど……。
そんな事を考えながら歩いていると、あっという間に学校に着いていた。
無駄にかっこいい校門ゲートを通り抜け、昇降口に向かう道すがら――
「おはよ」
突然横から鈴の鳴るような声がした。
「……!?」
慌てて横を向くと、そこには綺麗なストレートの黒髪の、おしゃれなメガネの女の子がいた。
え? あ? へ? 何? 俺、挨拶されたの? 七橋さんに?
「あ……な、七橋さん、おはよう」
俺が内心ものすごく焦りながらようやく挨拶を返すと、七橋さんの表情が怪訝な感じに変わっていく。
……あれ、俺、なんか変な事言いましたかね……。
それとも、昨日のアレに関することで何か言われるんだろうか。
俺が身構えていると、
「……何そのタグ」
七橋さんは不思議そうな顔でそんな事を言った。
「へ?」
「犬、ってなってるけど」
「まじで」
「……? ほんとに御久仁くんが自分でやってるんじゃないの? それ」
ぶんぶんと激しく首を上下に振るけど、やっぱり七橋さんは信じてくれてなさそうな顔をしている。まあ、その辺りの事はおいおい説明する機会もあるだろう。あってくれ。
しかし……
「プロフィールもなんかだいぶみすぼらしくなってるね」
早速学内SNSをチェックしたらしく、七橋さんはおかしそうに笑っている。
「さいですか……」
「前のも怪しくてよかったけどなぁ……」
楽しそうに笑う七橋さんを見て、ちょっとほっとする。
どうやら昨日言ったことで嫌われるとか、報復とか、そういう感じの事はなさそうだ。
……と思っていたのだけど。
「それはそうと」
七橋さんの声のトーンが急に変わって、思わず身構える。
「あんな事されて、私傷ついちゃったな」
「あんなこと、と言いますと?」
「それはもちろん、私の個人情報を晒したこと♥」
「え……」
いやあの、それは完全に冤罪で、罪を着せられてひどい目にあったのは俺のほうで、アナタ完全な黒幕じゃないですか。そのブラック七橋さんが一体何を仰ってるんで?
「責任とってもらうからね」
「は……?」
「というわけで、今日から御久仁君はクラスの副委員長ね。これからクラス委員の仕事とか色々手伝ってもらうから」
「はい?」
「クラスのみんなも承認済み。みんなガンガンこき使ってやるって言ってたよ」
「なんですと!?」
「よろしく!」
そう言ってにこっと笑うと、七橋さんは昇降口のほうに走っていった。
いやあのええと。
何させられるんですかね。
色々とパシらされる未来しか見えないんですが。
にしても。
七橋さんは何だかいい笑顔で笑うようになったな、と思う。
最初に屋上で話した時、七橋さんの笑顔にはなんだか妙に作り物っぽい綺麗さを感じた。
でも、今の笑顔はなんというか、よそ行きじゃない感じの笑顔に見えた。
……もしかしたら、少しは仲良くなれたってことなのかな。
……いやいやいやいや。
七橋さんのようなお方とあれしきの会話で、仲良くなれたと思ってはいけない。
しかも俺が昨日伝えた事って「お前犯人だろ」「好きになれない」とかそんな事だし。
それで俺の好感度パラメータが上昇するわけがない。
そう、きっとこれは何かの罠だ。
かわいいは罠。かわいいはトラップ。
実際、これからあれこれパシらされるみたいだし。
また何かひどい罠に嵌められる可能性だってあるかもしれない……っていうかすでに術中に嵌まっている可能性も……よ、用心しておかないと……!
そうやってガクブルしていると、何かが視界の隅にひっかかる。
なんだろう……何か、どす黒いオーラを感じるような……。
恐る恐るそちらに視線を向けると、ツーサイドアップの美少女(ただし3Dキャラ)が何やら怖い顔でこちらを見ている。
「犬の分際で何をハァハァしてるのかな? ダーリン」
「……い、犬だからハァハァしてるんじゃないですかね……」
「ふーん、犬としての自覚はきちんと芽生えてるんだね。感心感心」
「何で犬なんですかね……」
「なんかダーリンのクラスのチャットで、ダーリンが犬みたいにこきつかわれるみたいな雰囲気だったから。ふさわしい名前にしておいてあげないとなーって」
「……それはご丁寧にどうも」
……チャットでそんな話になってるのか……。後で見ておこう。
「まったくダーリンは女の子にすぐ尻尾振っちゃってさ」
「い、犬だから尻尾をですね……」
「たまにはボクにも尻尾振ってくれたっていいじゃん!」
「だったらまずタグとか普通に戻してくれ……」
「それはダメ」
「なんでやねん!」
そんなやりとりをしながら、ふと思う。
そういえば今朝は、ミントが登場しない代わりに、七橋さんが登場した。
そして七橋さんが去ってから、ミントが現れた。
これって……たとえば七橋さんがミントの中の人の可能性って、あり得る……?
思えば、あんな掲示板を作ったり、CSRF?とかいうものを仕込んだりして、七橋さんは、かなりIT方面に強いみたいだった。
メールに添付したファイルに何か仕込むくらいの事は、平気でやりそうだ。
これまでに俺に仕掛けてきたあれこれも、もしかしたら七橋さんくらいのスキルがあるならできたりするんじゃないだろうか。
……と、考えてはみたものの。
いやいやいやいや。
それはさすがにないない。
だいたい、そうしたら今回の一件も「犯人はボクが突き止める」って言ってたそれが全部自作自演って事になる。
もちろん、俺と絡むために緻密な設定の3Dキャラ運用するくらいだ。それくらいの事はやってのけてもおかしくない相手ではある。
でも、仮に七橋さんがミントだとしたら、つまり俺に告白してきて、毎日好き好きオーラ出しまくってる相手が七橋さんって事になる。
それはさすがにあり得ない。どう考えても。
あんな、誰にでも好かれて男なんてよりどりみどり、みたいな女の子が、何をわざわざ好き好んでこんな日陰者のモブキャラに好き好きオーラ出す必要がある?
いや、もちろんその好き好きオーラが単なる冗談で、遊んでるだけっていう可能性もある。
としても……ないない。
どう考えてもないない。
だいたい、これだけ奔放で自由で時々傍若無人なこのミントの中の人が、七橋さんだとか、性格から考えてあり得ない。
七橋さんはもっと、なんというか、優しくて、柔らかく品のある感じであって、ミントのようなものとは天と地ほどの格の違いがある。
冗談でもおかしなことを考えてはいけない。
ミントの中の人はおっさんだ。
そう、キモ……くはないかもしれないし、それなりにいい奴な可能性はあるけど、とりあえずおっさんだ。
おっさんに違いない。そう、違いない。
……しかし。
そういえば七橋さん、俺を副委員長にした、とか言ってたな……。
副委員長って何やらされるんだろう。
ミントだけでも手を焼いているところに、七橋さんにもいいように手玉に取られてる感ハンパないし。
さあ俺の高校生活の明日はどっちだ!(泣)
<v1.x update ended>
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