v1.0.29 「当たり前」

◇ ◇ ◇


「まさか、わかっちゃうとはね」


 健斗が去った屋上で一人、柵にもたれかかり、七橋杏南は自嘲気味に呟いた。


 これまで、何度か同じことをしてきた。

 けど、自分が犯人だとバレた事は一度もない。

 今回もいつも通り、自分に繋がるような痕跡はしっかり消し、絶対にバレる事のない方法でやったはず。それなのに、一体どうやって……?


 確かに、今回は少し御久仁君の行動が早かったのもあって、メールを送るタイミングなんかは怪しかったかもしれない。でも、私がやってるって事を知る方法はなかったはず。

 やっぱりタグとかプロフを書き換えちゃうくらいだし、私なんかよりずっとすごいITスキル持ってるって事なのかな。


 ……とにかく。

 はっきりしている事は一つ。


 私が真犯人だって御久仁君には気づかれて、御久仁君のお陰で私は助けられた。

 御久仁君がその気になったら、私が犯人だっていう事はみんなにバラされて、私はクラスのみんなから除け者にされていたかもしれない。

 そんな事になったら――

 想像するだけで足が震える。

 本当にほっとしてる。


「……借りができちゃったな」


 あの事件の時から、初めてかもしれない。誰かに借りを作るなんて。

 人に好かれてる人間は、人に借りなんて滅多に作らないから。


 ……でも。

 正直、そんな事はどうでもよかった。

 胸にずっとひっかかっているのは、御久仁君のあの言葉。


「……助けるのは当たり前、か」


 その言葉が、楔のように胸に残っている。


 あの事件の時から、私はずっと思ってきた。

 助けてもらえるのは、助ける価値のある人だけだって。

 好かれて、愛される人が助けてもらえるんだって。

 実際、その通りだった。

 私が可愛くなるよう、好かれるように努力をしたら、本当に色んな人が私を助けてくれるようになった。それは紛れもない事実。


 でも、御久仁君は「誰だろうと助けるのが当たり前」だと言った。

 あの事件の時、みんなが、親が、インターネットがそう言ってくれてたら。そういう態度でいてくれてたら。

 そうしたら――私はどうなっていたんだろう。


 御久仁君は、私のことを「好きになれない」と言った。

 それでも、ああして助けてくれた。

 助けることができたことを「よかった」と言った。

 これからも、好きでもない私の事を助けてくれるんだろうか。

 ほんとに?


「ほんと、変なの……」


 赤く染まり始めた空を見つめながら、七橋杏南は一人呟いた。

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