v1.0.28 その後
七橋さんとの対話を終え、屋上の扉を、後ろ手に閉める。
と、同時に。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
と、思いっきり息を吐き出す。
あああああああああ緊張した……。
ハッタリ交えて話すなんていう高等技術、どう考えても俺には早すぎた。
口が砂漠か、っていうくらいカラッカラに乾いている。
水を……私に水をください……。
マーケティングの本などを読んで水を高く売りたくてウズウズしてる方、今なら500円くらいでも買うので是非売ってください。
……でも、えっと。
ちゃんと伝えられたよな?
ちゃんと、聞きたい事も聞けたし、言いたい事も伝わったよな?
目的はきちんと果たせたよな?
大丈夫だよな?
……あれ、でも、俺、クラスの中心人物であるところの七橋さんに、俺、「好きになれない」とかエラい事言ったような気が……。
え? 俺、もしかして七橋さんに喧嘩売った? 売ってない? 大丈夫?
もしかしてこの先で七橋さんに何か報復とかされません?
明日学校行ったら、おめーの席ねーからとかそんな事言われません?
え? 大丈夫よね?
っていうかそれ以前に、謝罪はしたけど今回の一件の犯人が俺っていうのは確定なわけだし、クラスではほぼ嫌われ者ルートに入ったのは確定ですよね……。
つまりやっぱり明日からの学校生活ではクラスから孤立して、「グループになってください」って言われたら一人余るのは俺で確定って事ですよね。
あーそういえば俺のクラスって、なぜか人数が31人なんだけど、このいかにもグループ分けすると一人余りやすい人数設定って、きっと俺が一人余る事を見越して設定してくれたんですね。学校側のご配慮に多大なる感謝の気持ちを述べたいですね畜生。
そんな事を考えながら、冷や汗をたらたらと流し顔面蒼白になっていると、
「……ほんと、締まらないなぁ、ダーリンは」
横からこの一週間ですっかり聞き馴染んだ、ハスキーな声がした。
声のした方を見ると、壁にもたれかかるような姿で、ミントが立っている。
「そういう事だったんだね」
「聞いてたのか」
「あー、うん。聞いてたっていうか、読んでたというか」
ミントは少しバツの悪そうな顔をしている。
人様のARグラスに侵入して好き放題やってるようなハッカーのくせに、盗み聞きみたいな事をしていた事にどこか気が咎めているらしい。まったく変な奴だ。
「そういう事なら、説明してくれたらよかったのに」
「いや、正直自分でも半信半疑だったし……」
「あの子がもっと筋金入りの悪党でシラを切り通されてたらどうしてたの?」
「別に何も。誤解でしたすみません、って謝ってたんじゃないかな」
「ふーん」
「クラスのみんなのほうは俺の謝罪で解決してる話だし、別に七橋さんを責めたいとかそういうことでもなかったし。単になんでそんな事したのか知りたかっただけだからな」
「そうなんだ」
「うん」
「……まあでも、ちょっとかっこよかったよ、ダーリン」
ミントは少し照れくさそうに、そんな事を言った。
こいつにそう言われるのは、なんだかちょっと嬉しい。
「……あ、そうだ」
「?」
「今回はほんと、お前には助けてもらったし、ありがとな」
ドタバタしていてすっかり遅くなってしまった。
今回、俺が一番いいと思える行動が取れたのも、七橋さんに真意を確かめられたのも、全てミントの助力のおかげだ。七橋さんとの話だって、あの「CSRF」とかいう単語の一つがあるかないかで、どれだけ説得力が変わっていたことか。
「ボクはほとんど役に立てなかったけどね」
ミントは自嘲気味に言う。
「いや、色々教えてもらえてほんと助かった」
教えてもらった事だけじゃない。
俺が犯人に仕立て上げられたあの時に、俺の味方でいてくれたこと、それがどれだけ心強く、俺にとって救いになっていたことか。
「……そ、そう」
少しうつむき加減になって、どこか照れたような様子のミント。
ほんと、ハッカーだし3Dキャラなくせに、こういうところは可愛いと思う。
「……そ、そう思うなら、ボクの事をもっと好きになるといいと思うよ……!」
「はいはい」
いつになく勢いがないミントの言葉に、いつもどおりの返事をしながら、思う。
やっぱりこいつ――このハッカーさんのことは、もうちょっとだけよく知りたい。
この中の人が一体何者で、どうしてこんな事をしているのか。
どんなものが好きで、普段どんな事をやってるのか。
一人の人間として、もっとよく知りたい。そう思う。
これからは、もうちょっと自分のほうからも話しかけてみたいと思う。
もちろん警戒は解かないし、また何かおかしなイタズラをされないか最大限の注意はしながら、だけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます