v0.2.1 AR×高校生活=

◇ ◇ ◇


 涙がこぼれないよう、見上げた真っ青な空に癒やされながら歩くこと約10分。


 学校に着くと、校門には何人かの先生が立ち、通る生徒に「おはよう」と声をかけていた。

 そしてその後ろには、いかにも最新鋭でござい、な見た目のゲートがあり、通り抜けようとする生徒で短い行列ができている。


 昨日はこのゲート、稼働してなくて素通りできたので「なんだろこの無駄にかっこいい門」くらいにしか思わなかったのだけど、こうして動いてるところを見ると、なかなかもって門番としての風格がある。

 なるほどこれを通り抜けるために、このARグラスのセットアップが必要だったって事か。


 じゃあ、と俺も列に並ぼうと近づいていくと、ゲートをうまく通り抜けられないでいる女の子が視界に入った。

 慌てて駆け寄ってきた先生に「グラスのセットアップはちゃんとしたのか?」とかあれこれ確認されている。


「あれ……」


 止められている女の子の横顔に、どことなく見覚えがあるような気がする。同じクラスの子だろうか。

 他に同じ学区から進学してくる奴がいない、という理由でこの学校を選んだので、見覚えのある生徒なんてほとんどいないはずだ。多分同じクラスの子か、じゃなければ入試か入学式かどでどこかで見た子かもしれない。


 何にしても、自分以外にもITガジェットが得意じゃない子がいないわけじゃないんだな、と少しだけほっとした。

 そういえばサポート対応してる先生のほうも少しあたふたしてるし、よく考えてみれば先進IT指定校になったのは今年からだ。ついていけてない先生も生徒も結構いたりするのかもしれない。


 もし先生も生徒も全員が「は、こんなもの使いこなして当然っしょ?」みたいな空気だったら、俺は万難を排してでも転校したくなっていたに違いないのだけど、これならギリギリここでも生きていける……かも?

 ほんのり希望が見えてきた。

 ――黒いウィンドウで登場するアレを除いては。


 そうこうしているうちに、俺の番が回ってきた。

 ちょっとドキドキしながら、ゲートに近づいてみる。

 ARグラスの認証の仕組みが無事動いたようで、ゲートの小さな画面が緑になり、ゲートは無事開いた。

 一体何がどういうふうに通信して、どういう仕組で開いてるのかはよくわからないけど、とりあえず大丈夫だったみたいでホッとした。


◇ ◇ ◇


 教室に着くと、7割くらいのクラスメイトがすでに教室にいた。

 当たり前だけど、男女問わずみんなARグラスをかけている。

 メガネ萌えだったらすごく眼福な光景だなぁ……と思うけど、あいにく俺にそういう属性はない。


 ざっと見回してみた感じ、俺のと同じ、学校から配布されたものをかけてる子もそれなりにはいるけど、違うものをつけてる子も多い。昨日グラスが配布された時、「自分の使ってもいいんですかー?」って聞いていた子もいたし、とっくに自分のグラスを入手してバリバリ使いこなしてる子も結構いるのだろう。

 ……やっぱりこの学校で落ちこぼれずにちゃんとやっていけるのか、不安だ……。


 そんなクラスメイトの間を抜けて、自分の席へ。

 カバンをおろし、席に腰を落ち着けて、ほっと一息……してる場合じゃない。

 昨日は、入学式での校長の「先進IT指定校」の一言があまりに衝撃的すぎて、クラスの誰かに話しかけるとか、そいういう事が一切できなかった。

 このままじゃ高校生活もまたぼっち一直線。それは、なんとしても避けたい。


 中学時代は、事件のせいもあって基本的にぼっち暮らしだった。

 ぼっちはぼっちで、それなりに楽しくはあったけど、もうぼっちの日々は十二分に、一生分堪能したと思うし。もうほんとお腹いっぱいだし。

 別に高校デビューでリア充生活! とかそういうのを願ってるわけじゃない。

 互いに気が向いた時だけでもいいから話ができて、たまにどこかに遊びに行ける、そんな友達と呼べる相手が一人でもできたらいいな、って。それだけなんだけど。


 こんな俺とお話をしてくれるナイスガイはいませんか……と周囲を見回してみて――

 なんとなーく嫌な予感というものが胸の内に広がっていくのを感じた。


 ……え? なんか、みんなARグラス使いこなしすぎ……?

 一部同じ学校出身なのか、親しげに会話してるグループがいる以外、一人でいる男子はほぼ例外なくARグラスで何かをしている様子だ。


 mRingとかいう例の指輪をを両手の全ての指にはめて、何やら高速に指を動かしている男子もいる。ゲームか何かをやっているのか、同じあたりを見ながら真剣な顔つきになって手を動かしている二人組もいる。ちょっと気の弱そう雰囲気の斜め後ろの男子も、なにやら楽しそうに高速に手を動かしてるし、隣の男子は何かを見ているのだろう、空中のあたりに視線を向けて見て何だか楽しそうな様子だ。


 えっと、なんか……すごく話しかけづらいです……。


 小学校の頃に使ってたスマートフォンみたいなものなら、ふと見えた画面を話のきっかけにすることもできるんだろうけど、ARグラスは相手が何を見て何をしているのかさっぱりわからない。そもそも何かをしているのかすらよくわからない部分もある。どうも話のきっかけが掴みづらい。

 仮にきっかけがあってもどう話しかけたらいいのかわからないっていうのに、そのきっかけすら与えられないって何ですかねこの鬼ハードモード……。


 はぁぁぁ……。


 やっぱり高校生活も、ぼっち暮らしなのかな……。

 机に突っ伏して、俺は昨日からもう何度目になるのかわからないため息を吐き出した。

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