彼女を寝取られた男は、前を向かない

サイバ

第1話

「慶次くん…♡好きぃ…♡好きなの…♡」


日常というのは、簡単に崩れ去るものと言う


ことを、18年間生きてきて初めて知る事にな


った。


「アイツもバカだよなぁ!こんなイイ女に、


まだ手を出してないなんてなぁ!オラよ


っと!」


一体何がいけなかったのだろうか。


俺から告白して付き合い始めて、色んな所に


デートに行って、誕生日やクリスマスは


二人でお祝いして。


二人して顔を赤くしながら、「来年も二人で


お祝いしようね!」って言って笑ってさ。


「言わないでぇ♡玲くんは優しいだけなのぉ


♡」


「へっ!ただアイツがつまんねえヘタレだっ


たってだけだろ?あんな奴、オレが忘れさせ


てやるよ!」


段々と体が、心が重くなっていくようだっ


た。


「優しいだけ」


この言葉が俺にのしかかって来るようで。


ただ、それでも自分の眼差しだけは、


目の前の認めたくない現実を映していた。


この日俺、橋本玲は、


唯一無二の親友だった橘慶次と、最愛の彼女


だった宮嶋恵の二人を失った。




気付かれないように恵の家を出た。


たまたまバイトが早く終わり、浮かれ気分で


臨時収入が入ったからプレゼントでもしよう


と舞い上がっていた結果がこれだった。


土砂降りの雨が鉛のように重たくなった俺の


体を叩く。


「何でだよ…ッ。フグッ…」


いつのまにか溢れ出てしまっていた。


一度出てしまったらもう堰き止め切れない。


好きだった。


信頼していた。


心から愛していた。


俺の目標でもあった。


そんな想いが溢れ、涙もそれにつられるよう


に、止まらなくなった。


叩きつけるような雨が、追い打ちを掛けるよ


うで、想いが溢れるたびに悔しさと惨めさを


感じて、俺はしばらく泣き続けた。





泣き止む頃には、あたりは暗くなり、


雨もいつしかしとしととした小降りに変わっ


ていた。


そんな時にふと、最近流行っているWeb小説


に、こんな事があって復讐するというような


小説が流行っている事を思い出した。


「はぁ…。何をバカな…。」


つい大きなため息が出てしまっていた。


やはり現実とは違う。


そんな事が出来るような状態では無くなる


し、とにかく関わりたく無かった。


それに、慶次はクラスの人気者で、恵も同じ


ように人気者であり、生徒会の副会長だっ


た。


それに比べて自分はどこにでもいるような普


通の高校生だ。


自分が何を言おうと受け入れられる事はない


だろう。


「情けねえなぁ…。」


そんなことを考えている自分に、また嫌気が


さした。


交際当時から、「釣り合いが取れてない」と


言われ続けたが、そんなことより彼女が好き


だと言い放った事を思い出し、また自己嫌悪


した。








翌日、俺は恵に別れを告げた。


恵も最初は渋っていたが、昨日の事を見てし


まった事を話すと、黙って俯いてしまった。


別れ際、恵から「何で責めないの?」と


聞かれたので、「頭ぐちゃぐちゃでそれどこ


ろじゃないんだ。」と答えると、彼女はまた


俯いてしまった。


こうして、俺達の関係は終わった。









それから俺は勉強に打ち込んだ。


他にやろうと思う事がなく、気付けばそうな


っていただけだ。


一応慶次にも事の顛末を伝えたが、鼻で嗤わ


れて終わった為、特筆する事は無かった。


その慶次がどうやら俺とアイツの立場を変


え、DVしていた俺から恵を救ったという噂を


吹聴したらしく、恵も否定しなかった為、


嫌われ者になってしまっていたが、気にしな


かった。


嫌がらせも受けるようにもなっていたが、


あの日、あの二人の行為を見たあの時よりは


全然マシだった。









勉強に打ち込むようになって、人間関係から


離れて灰色になった景色は、卒業しても変わ


らなかった。


そこそこの大学に進み、そこでも勉強を続け


たが、それでも、俺の景色に彩りはない。


告白される事も、稀にあった。


ただ、あの日から俺は立ち止まったままだ。


むしろそういう関係にならない方が良く、そ


うすれば裏切られる事も無いという考えのま


まだった。












そう、そのはずだった。


「ねえねえ玲君なんで告白受けてくれないの?ボクこんなにもあなたの事が好きなんだよ?あなただっていつも困っていたボクを助けてくれてたよね?いつもいつもいつもいつも!つまりボクの事を想ってくれてたって事だよね?本当に必要な時に絶対に助けてくれてたもんね?すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき!ふふふ!わかっちゃった!照れてるんだね!まったく玲君は照れ屋さんなんだから!でもね?お互い好きなのに付き合わないのはおかしいよね?しかもボクは告白してるんだよ?つまりもう好意は伝えてるよね?それで玲君もボクの事すきだよね?拒む理由なんかないよね?それなのになんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?ねえ?玲君?」


彼女と逢うまでは…












きっかけはゼミだった。


彼女は気が弱く、人に頼まれると嫌とは言え


ない性格だった為か、よく雑用を押し付けら


れたり、無茶な要求をされたりしていた。


別に正義マンではないけれど、見ていても気


持ちの良いものでは無かった為、適度にフォ


ローしたりしていた。


そのうち彼女からも話しかけて来るようにな


り、仲良くなれたと思った矢先にこれだっ


た。


いや、別に悪いとは思わない。


ただ、結局のところ、俺はまだ、あの日に


囚われているんだ。


わかってはいる。


彼女、木下薫はつまるところ、ヤンデレと


いう奴で、愛が深く重い、そういう子だから


こそ、裏切る事なんて無いんだろう。


それでも俺はあの日から進めない。


結局のところ、惨めで情け無い人間のままだ


った。なにも変わってはいない。


またあの重たい雨の感触がフラッシュバック


して、俺の気持ちは沈んでいった。










あの日以来、木下は俺に言い寄って来るよう


になった。


好きだ。


愛してる。


かつて俺が彼女だった女に捧げた台詞は、


今度は俺に向けられている。


ついに無視し続ける事に耐え切れなくなり、


あの日の事を話して、俺は情け無い男だと


伝えた。


別に嫌われても良かったし、現状なんて変わ


らないと思っていたから、スラスラと話す事


が出来た。


木下は黙って俺の自分語りを聞いていたが、


話終わった後にこう聞いてきた。


「玲君はボクの事が嫌いというわけじゃない


の?」


嫌っていたらそもそも近づこうとはしない


し、助けようともしないだろう。


だから俺は


「いくら俺がお人好しだろうと、嫌ってたら


助けたり話したりしないよ」


と答えた。


木下はそれを聞くと無言で去って行った。


まあ、こんな話を聞いたんだし、愛想が尽き


たんだろう。


そう思い、俺はそれ以上の思考を止め、


自宅へ帰



バチッ!!!!
















「クフフ…ッ!アハハハハハハ!!!!嫌い


じゃないんだったらさぁ!!!


じゃあ良いじゃないか!!!ボクが君を貰っ


たって!!!さあ、一緒にボクと君の愛の巣


へ行こうじゃないか♡


君は進む必要は無いし、立ち上がる必要も無


いさ。


君はボクの事だけ考えて生きていれば良い。


そんなどうでも良いような女の…いや、過去の


事なんかより、ボクの事をさ…♡


ずーっと二人だけで居るんだ♡


子供も考えたけど、万が一君を取られると考え


たら…フフフ♡


好きだよ♡玲君♡」















その後、橋本玲が大学に姿を現す事は無かっ


た。


幸か不幸か、彼の近親は居なかった為、


特に深く探される事は無かった。










「…もう、薫が居れば何も要らない。


アイツのことを考えていると、嫌な事ももう


フラッシュバックしてこないんだ。


薫はよく尽くしてくれる、癒してくれる。


…癒す?何か嫌なことなんてあったか?


……グッ!薫!薫はどこだ!?薫!


薫!!!」



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