第96話 安否を知るために

 アタシが犬山に着いた頃は、午前8時半を回っていた。

 普段の夏休みとかならまだぐうぐう寝ていて、一日が始まっていない時間なのに、今日はもう一日分以上の体力を消耗している。


 家に着くと、お母さんからさっそく「あんた、何しとったん!? あの男の子、帰ったよ」と教えてくれた。そりゃそうだ。アタシの家に来て、置き去りにされたんだ。バツが悪いに決まっている。


 お母さんの言葉に「ありがと」と一言返して、一目散に自分の部屋に向かった。

 シュージからの連絡はない。急に家を飛び出してしまったから? いや、醜いアタシを知ってしまったから?

 いずれにせよ愛想を尽かされてしまったのだろう。


 とりあえず、アタシはシャワーを浴びる。自分でも分かるくらい身体が臭かった。


 したたるシャワーのしずくを見ながら、これからどうしようか考える。

 せめて、郁佳の安否を知りたかった。澄佳に電話するか。いや、澄佳は警察にいるんだった。

 いまさらながら、澄佳のこともすごく気になる。アタシは、澄佳に悪事の片棒を担がされそうになった。本当なら、澄佳を恨んでいいくらいかもしれないが、どうしても憎むことはできなかった。

 澄佳は間違いなく親友。江南駅で襲われたとき、最初に助けてくれたのは澄佳だった。基本的に友達想いなのだ。

 それに、彼女もまた、成績至上主義の親で、姉妹比べられて育てられ、おまけにルックスで郁佳に妬まれた被害者なのだ。

 どうか、厳しい処分にならないで欲しい。


 考えが横道にれちゃったけど、郁佳の安否だ。

 シュージに電話したかったけど、やっぱりまだ勇気がなかった。

 醜いアタシをまだ赦していないだろう。胸を張って、アタシは『清廉潔白』だと主張できるだろうか。


 どうしても、郁佳に謝りたかった。死んで欲しいと思ってごめんなさい、と。でも、郁佳は目が醒めていないかもしれない。それどころか、生きていないかもしれない。

 でも、どうしても知らないままにしておくことはできなかった。

 すると、自然と答えは見えてきた。


 さっさと身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし、アイブロウペンシルで簡単に眉毛だけ描くと、アタシは服に着替えた。ギャルっぽいおしゃれな服装からは程遠い。近所のコンビニにでも行くようなラフな格好だ。

「行ってきます!」

「こら! 璃乃! ご飯は!? ってか、一日帰ってこなくて、また、出かけるなんて説明しなさいよ!」

「ごめんなさい! でも、どうしても行かないといけないの。後で説明するから」


 そう言って、アタシは強引に家を出た。今度はちゃんと財布もmanacaもスマートフォンを持っている。

 超がつくくらい眠いはずだし、何よりも疲れているはずなのに、それを感じさせなかった。


 行くべき先は分からない。郁佳がどこで入院しているか知らないのだ。でも、シュージは国立愛知医療センターじゃないかと言った。それに賭けるしかない。

 場所は、地下鉄名城線の名古屋城なごやじょう駅のすぐ近くらしい。


 こうと決めたら、どうしても動かずにはいられなかった。

 それを突き動かしているのは、紛れもなく、人間としてシュージに近づきたいという心だった。


 犬山駅から、また名鉄小牧線に乗って名古屋市内を目指す。ここ最近、この電車によく乗る。

 平安通へいあんどおり駅の乗り換えも慣れたけど、目的地の名古屋城駅では、思い切り出口を間違えてしまった。北側の出口が正解だったらしいけど、南側の出口で降りてしまった。


 スマートフォンのおかげですぐに軌道修正できた。やっぱり、あるとないとでは全然違う。


 病院は、アタシが熱中症で運ばれた病院と同じくらい大きな病院だった。エントランスを見ただけで迷子になりそう。夏休みだけど、平日だから、中は患者さんや職員で混雑していた。

 だけど、よくよく考えてみる。アタシみたいなただの高校生が、しかも家族でも友達でもない人間がいきなり来たところで、病室まで案内してくれるだろうか。というか、入院しているかどうかも確証がないのだけど。


 とりあえず、病院の案内窓口的なところにいた女性職員に聞いてみる。「今枝郁佳さんは、どちらに入院されていますか」

 少々お待ちください、と言ってくれた。やった、ちゃんと対応してもらえる。


 でも、なかなか戻ってこない。15分くらいは待たされているような……。

 と、思ったら、ようやく職員が戻ってきた。

「あの、大変申し訳ありませんが、この方は、面会謝絶となっております」


 いろいろと食い下がってみたものの、申し訳ありませんがお答えできません、の一点張りだった。アタシの行動は、無駄になってしまったようだ。


 でも、ここに入院しているのは間違いなさそうだ。つまり、生きてはいるということ。

 ホッと胸を撫で下ろした瞬間、聞き慣れたあの声がした。


「花咲璃乃!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る