第35話 鮮やかな正当防衛

「誰だお前は?」

「名乗る必要はない。もう一度言う。その子を離せと言っている」

「何だ、眼鏡オタク野郎が! ボコられてぇか?」


 疑うべくもない、あの生真面目きまじめな男の顔と声。

「シュージ!」アタシは痛みを押しのけて、我慢できずにその名を呼んだ。

「知り合いか? いや、知り合いなわけねぇ。こんなレベチなギャルと、眼鏡野郎とがな」

「知人だ。しかも、彼女は期末考査前の大事な時期。君たちの戯事たわぶれごとかまける暇はない」

「こいつ、何、訳分からんこと言ってやがる!?」

「ボコボコにしてやれや!」


 そう言うと、アタシを雁字搦がんじがらめにしている男とは別の男2人が、シュージに力強い蹴りやパンチを繰り出す。

「ヤメて!」

 アタシは言うが、当然聞く耳を持たない。


 シュージは、蹴りやパンチを、脚や腕でガードする。眼鏡のガリ勉には似つかわしくない、太い腕や脚。筋トレをやっているのは嘘じゃないのだろう。

 しかしながら、この喧嘩慣れしているチンピラたちの攻撃は、容赦なくシュージの身体を襲う。


 シュージは一切の攻撃をせず、ただ攻撃をガードするかけている。チンピラたちもこれだけ攻撃しても倒れるところか、まともに一撃もできないことに、疑念と焦りと苛立ちを募らせ始めた。

「気持ち悪ぃな。なぜボコれねぇんだ」ぜぇぜぇと言いながら男の一人が言う。

「もうこんな奴に構うのヤメて、女、さらっちまおうぜ!」

 そうだな、と言いながら、アタシをどこかに連れ去ろうとする。


「正当防衛と認められる要件その1:急迫不正の侵害」

 シュージは独り言を呟きはじめた。

「何だ、こいつムカつくわ。一発くらいこいつで殴らせろ」

 どこに隠し持っていたのか、金属バットのようなものを取り出して、威嚇するように素振りをしていた。

「その2:自己または他人の権利の防衛」

「そうだな、ヤッちまえよ! 思い切り!」

「ヤメて!!」

「その3:防衛行為の必要性と相当性」シュージは変わらず、ぶつぶつ呟いている。

「俺らに楯突いたこと後悔するんだナァ!」

 チンピラがバットを振り下ろすと同時にシュージの右脚が鋭く蹴り上げられた。すると、バットの方が負けて、男の手から飛んでいった。

「要件は全て満たした。離さぬなら、正当防衛として君たち全員、叩き伏せる!」

 とうとう反撃に出た。


 シュージは、急所をピンポイントで理解しているかのごとく、鳩尾みぞおち、股間、向こうずねを強烈な一撃で突いた。

 わずか10秒足らずの出来事。アタシを掴み上げていた男も立ち所にその手を離した。信じられないくらい鮮やかに一蹴した。


「ありがとう! シュージ、怖かった……」思わず抱きついた。

 眼鏡の男子はアタシの好みから大きく逸脱しているが、このときのシュージはどんな俳優やアイドルよりもカッコ良かった。

「警察呼ぶぞ」シュージは言った。「こいつらの卑劣な愚行を看過すると、第2、第3の被害者を生み、犬山の治安を大きく揺るがしかねない」


 数分後、警察官が来て、シュージは事情を説明した。

 チンピラとは言えども、3人地面に倒れて動けない。ここだけ切り取れば、アタシたちが加害者だが、ここで抜かりなかったのはシュージはこの一部始終をスマートフォンで録音していた。

 正当防衛が証明され、ようやくいろいろな意味で解放された。


 もう、夜10時を回ってしまっていた。


「しかし、なぜ花咲璃乃は夜に外をうろついていた?」

 シュージには今日の一連の不幸な出来事の一部始終をすべて話さねばならない。というか、話を聞いてもらいたかった。

「話長くなるけどいい?」

「長くなるなら、明日でいい。この時間じゃ、保護者と一緒にいない高校生は補導対象だ。三者面談を控えている君にとってマイナス評価だ」

「そのね、三者面談、今日だったの……」

 シュージはアタシの気持ちを察したのか、黙っていた。

「お願い。今日だけは、シュージの家に泊めて……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る