第34話 天罰と後悔と祈り

 突然の声かけに、反射的に身をこわばらせた。声音と口調から、アタシに危害が加わることが容易に想像できる。

「な、何でもありません。ただ歩いているだけです」

 夜の8時半。遅いが、高校生が出歩かない時間ではない。でも、ちょっと駅を離れると人通りは少ない。だからこそ、声をかけられるとは思わなかった。

「そんなわけねぇだろ。どうせ家出だろう。俺は嬢ちゃんが心配で声かけたんだ。俺んで泊めてやろう」

 おそるおそる顔を上げると、無精髭ぶしょうひげの生えた小太りで清潔感のない男。40歳前後といったところか。あからさまにアタシの胸やお尻を凝視している。生理的嫌悪感で身の毛がよだつ。

 男の推測は、ずばりその通りであった。援助交際を持ちかけているのであれば、手っ取り早くお金を手に入れるチャンスなのだが、どうしてもこの男の家には泊まりたくなかった。完全な見た目と話し方から受ける印象が、下心を丸出しにしている。

「さあ!」男は強引にアタシの左腕を引っ張った。

「ヤメて! アタシに構わないで!」

 思わず大きな声を上げながら、男の手を振り解こうとした。


「オッサンよぉ、何やってんだ!?」

 背後から声がした。振り返ると、パーカーを着た金髪ピアスの若い男が立っていた。それ以外にも同じような風体の男が2人。

「か弱い女の子が嫌がってんだろうがぁ!」

「お、俺は、嬢ちゃんが家出してたから心配で……」

「そう言いながら、身体目当てだったんだろうが、この変態親父が!」


 問答無用と言わんばかりに、若い男3人が小太りの男男の胸倉を掴んだ。

 恐怖におののいたのか、小太りの男は「もう勘弁して~」と言いながら、ダッシュで逃げ去っていった。

「怪我はないな? もう安心だ」

 男のうちの1人がニヤッと笑う。これぞ救世主のはずなのに、いきなり胸倉を掴むような人だから、どうしても安心できなかった。


「助けていただきありがとうございました。これで失礼します」

 ギャルには相応しくないほどよそよそしく礼を言って、その場を去ろうとした。

 行くあてもないくせに、早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだったのだ。


「待てよ」という声と同時に、身体が後ろにグンと引っ張られる。左手首と肩に強い痛み。

 やはり嫌な予感は当たってしまった。

「せっかく、助けてやったのに、それだけで済ませる気かぃ?」

 

「あのオヤジにられるくらいなら、俺たちとちょっとしたほうがずっといいだろう」

 やに臭い吐息とともに耳元でささやかれた。


 さすがに若い男3人を相手では、アタシ独りじゃどうしようもなかった。

 泣きそうになった。どうしてこんな奴ばかりに興味を持たれるのか。

 江南駅のロータリーの1件といい、高校生になってから急にこういうことが増えてきた。

 アタシはギャルメイクやおしゃれが好きなだけで、チンピラは好きじゃない。百歩譲ってそいつがイケメンでも、セックスのことばかり考えている男は嫌だ。


「……助けて」アタシは自然と涙が溢れた。

 いくら、アタシのことを邪険に扱う親であっても、そこは護られた場所であったのだ。一歩外に出ればそこは、猛獣が虎視眈々こしたんたんと獲物を狙っているサバンナだったのだ。

 男たちはアタシの申し出を聞く素振りを見せず、腕を掴む力がいっそう強くなる。


 痛みで声すら出なくなる。これはアタシに対する天罰なのかもしれない。未遂に終わったけど、お婆さんの物を盗もうと思ったわけだ。いまさら遅いけど、アタシは激しく後悔した。

 もう祈ることしかできない。神様に見放されたアタシに祈る資格があるかも怪しいけど、それでも助けが来ることを祈った。そして祈りの中で、あの男の映像を思い浮かべ続けた。

 シュージ……。


 その時だった。涙で滲んだ視界に、まさしくその男が立っていたのだ。

「その子を、離せ」

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