第22話 強い子
僕が中庭に戻ってくると、先ほどまで嫌々という感じだったチセが今では笑顔で木に登って遊んでいた。
「ほらほらここまで来れるかしら」
「チセすごいです」
「すっごいでも。ポタも負けない」
ポタは枝から大きく飛び上がる。その様子を冷や汗をかきながら僕とウーが見る。しかしそんな僕らの心配などおかまいなしという形で、ポタは華麗に別の枝に着地を決めた。それと同時に僕ら二人からため息が出る。
「ポタひやひやするからやめなさいと言ってるでしょ」
「でもこれくらいじゃ落ちないよ~」
ウーの影で僕はそうだそうだと抗議しながら、僕は改めてポタのあの身体能力は彼女が猫人族であることに起因しているのだろかと考えていた。確かあっちの世界にいた時に猫はどうやっても落下しない的なことを何かの記事のことを読んだことがあった。ちなみにチマはずっと苦戦している。
その様子を見て改めてトクシンさんの言っていたことを考える。そう言えばここに来て初めてチマと出会った時の印象は、年の割にはかなり大人びているというものだった。
その年で山の中で食材を採取し、それを調理できるだけでのすごいのに、それに加え医術、薬術に関する知識も持っている、こんな人、あっちの世界に一人いるかいないかというくらいの、逸材である。
だがその反面、子供らしく笑ったり泣いたりといった感情の起伏が小さいと、ずっと思っていた。だがチセは表に出ないだけど、ちゃんと子供らしい一面はあるのだなと思えた。それを引き出せたのは、間違いなくチマとポタの働きだ。
「そろそろ晩御飯の準備をしないと」
そう言ってチセは木から飛び降りると、服に着いた葉っぱや枝の切れ端を払うとその足で館の中の厨房に向かった。一方遊びの時間が終わったチマとポタも又ウッドデッキに戻ってきた。彼女たちも又服に汚れをつけていたが、まるで日頃から行っているルーティンのように服に着いた汚れを払う。
そして僕らのいる大広間に戻ってきた。
「まったく遊びたい気持ちはわかりますが、危ないことは控えなさい」
「「はぁーい」」
「すっかり元気いっぱいだねウー」
「あの子たちがもう少しおとなしければ、もっと落ち着いて療養に専念できるのですが」
「まあまあそう言ってあげないでよ、二人ともまだ子供なんだから」
「ご主人様がそうおっしゃるなら」
ウーは少し不満そうだが、こういうことは許されるうちにいっぱいしておくべきだと思う。大人になるといろんなしがらみがあって身動きが鈍くなってしまう物だ。でもその代償に手にするもののあるのだけど・・・。
「じゃあ僕は晩御飯の準備を手伝ってくるよ」
「その前に一つよろしいでしょうかご主人様」
「どうしたのウー」
「先ほどトクシンさんとどのようなお話をされていたのか、差支えなければ教えていただないでしょうか」
「軽い世間話だよ」
流石に二人がいる前ではできる話ではないので、ここは一度交わして後で二人が寝静まった後に改めて話をしに行くことにした。その意図をウーが察することはできないだろうが、それでも彼女はただ「そうですか」と言ってこの場を収めてくれたことは本当に僕にとってありがたいことだった。
「それじゃあ行ってくるよ。二人ともウーを頼むよ」
「はーい」
「あーい」
そうして僕は厨房へと向かった。手伝いといっても僕ができるのは、野草や野菜の皮をむいたり切ったりすることなので、たいして助けになってはいないが、いきなり作る量が四人分増えたのでその分の負担を少しでも埋めなければならない。
厨房に着くとすでにチサが魚の下処理を行っていた。なので慌てて僕も手伝いに取り掛かる。
「あの」
「何ですか」
「先ほど、私があの二人と遊んでいる間に、師匠と何を話していたんですか」
なんだかデジャブを感じる展開だが、彼女には隠し事をする必要なないので答えてあげる
「トクシンさんはずっと君の話をしていたよ」
「そうですか、それで師匠の容体はどうですか」
「変わりなかったよ」
「そうですか」
「それと、明日部屋に来てくれって言ってたよ」
「分かりました。まあどうせ薬を飲ませないといけないので、向かうつもりでしたけど」
ここまでずっとチセは一切動揺を見せることはなかった。魚を裁く腕も止まることを知らず、包丁を振るリズムにも一切乱れがない。でも全く何も感じていないわけがない。だから僕がそんな彼女に言えることはただ一つだ
「チセは・・・強いね」
「そんなことありませんよ」
その後チセは一切動揺することなく、夕食を作り終えた。
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