第19話 吐血

翌日改めてウーの様子を見に行くと、彼女の顔色はだいぶ良くなっていた。




「おはよう」




「おはようございます」




「体調はどう」




「あと少しで布団から出られそうです」




「それはよかった」




 僕が安堵の表情を見せると彼女の表情も又柔らかくなった。




「ご主人様にもそうですか、あの二人にも心配をさせてしまいましたね」




「そうだね。でもあの子たちは強いよ。ウーを心配しながらも今自分がやるべきことをしっかり見据えているだから今ぼくらがここにいる」




「そうですね、ところであの二人は」




「井戸に水を汲みに行ってる」




「なら帰ってきたらうんと甘やかしてあげないと」




「ウーは本当にお姉さんだね」




「まあ旅の間だけですけれど」




「それでも、二人の心のよりどころになってる。今はそれでいいんじゃないかな」




「ご主人様も寄りかかりますか?」




「いや、僕はもう少し心を強く持った方がいいかもだから。ここに来る間にダラスに怒られたし」




「分かりました。でも無理はなさらないでくださいね」




「大丈夫」




 こうしてゆったり会話するのもなんだか久しぶりのように思える。一応僕らの一団で大人に該当するのは僕とウーになる。なので僕らがしっかりしないと彼らが進むべき道を失ってしまう。だから頑張らないといけない。でもチサは・・・・トクシンさんを失ってしまったら一体に何を依り代にすればいいのだろうか、




 彼女はチマやポタよりもはるかにしっかりしているが、まだこの世界を一人で渡っていけるほど大人ではない。たとえるならクラスに一人はいるであろうしっかり者の学級委員長といったところだろう。




 そんな話をしていると水汲みに行った二人が戻ってきた。




「ただいまー」




「ウーお姉ちゃん起きてたの~」




「今起きたところですよ」




「ちょっと待っててね今お水入れてくる」




「僕がやるよ。だから二人はウーを頼む」




「はーい」




「あい」




「ご主人様いけません」




「いいのいいの、たまには二人をいたわらないと」




 僕は二人から水の入った桶を受け取るとそれを館の中に運ぶ。その間大部屋から明るい話し声が聞こえてきた。それが妙に微笑ましく、僕は桶を持ちながらニヤニヤしていた。




「何ですかその気持ち悪い顔は」




「チサ!! えっとこれは」




「まあいいです、水汲みご苦労様です。それではこちらに」




 チサに連れられ大きな樽の中に水を灌ぐ。これで一日分しかもたないのだから大変である。チマポタについて聞かれたので今日はウーにいたわってもらうから代わりに僕が働くと答えた。それを聞いたチサはなぜか呆れたといった様子で頭を抱えたが、一応これでも労働力として期待されているためしぶしぶ了承してくれた。今日も業務は薬草の採取らしくすでにチサは鎌を腰に携えていた。




 すぐに僕も同じように鎌を借りると玄関にたった。




「チサ、それにお客人気を付けていってらっしゃい」




「先生、おからだは大丈夫なのですか」




「まあ、少しはね・・・・・ゴホゴホゴホ」




「先生!!」




 最初は単にせき込んだだけかと思っていた。しかしその咳は止まることなく続きとうとうトクシンさんは血を吐いた。




「大丈夫ですか、トクシンさん!! 」




「とりあえず一度先生を部屋に戻します。手を貸してください」




「はい」




 僕らは腰に鎌を装備したままトクシンさんの両肩を担ぎ部屋まで運ぶ。そしてゆっくり布団に寝かせると、チサは棚から粉薬を取り出すと水と共に飲ませた。そうすることでやっと咳と吐血は収まったがそれでもかろうじて息をしているといった様子だった。




 僕は運ぶところまでは見ていたが、薬を飲ませてすぐは邪魔になるからといわれ部屋から出されてしまったので、その後何が起こったのか分からない。それでもなにかあった時は直ぐに動けるように、僕は部屋の外で待機していた。




 だが一切僕が中に呼ばれることなく、汗だくのチセが出てきた。




「先生は何とか落ち着きました。しかしなんで急にこんなことに、つい昨日まで元気だったのに」




「これまでにこういうことはあったの」




「たびたびひどくせき込むことはありましたが、血を吐くなんて初めてです」




「そうなんだ」




 僕はそれ以上彼女にかける言葉が見つからなかった。だがそれでも彼女は震えながら言葉を紡いだ。




「私は孤児です。両親は病で倒れ一人さまよっているところを先生に拾われました。だから私にとって先生はたった一人の家族なんです。でもその先生にもしものことがあったら私はどうしたらいいのですか」




 ずっと我慢していたのだろう。彼女は賢いからきっといつかはこうなることもきっと想定していたのだろう。だからこそあれだけ迅速な対応が出来ただと思う。でも早すぎた。彼女の想定よりもはるかに早くトクシンさんの病状は悪化していった。


 


 それに彼女の心は耐えられなかった。トクシンさんの部屋の前で僕のお腹に顔を押し付けて大声で泣き出した。僕はただそんな彼女の抱き締めてあげることしかできなかった


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