第13話 ボロボロの医師と治療
こんな山の上であるというのにそれなりの大きさをほこり、ウッドデッキ付きの中庭がありそれなりの贅がなされているかのように思えた。しかし手入れがされていないのか家の外装はあちこちがボロボロに崩れており、何とか雨風を凌いでいるといった様子でもあった。
チマとポタが僕らよりも先に引き戸に手をかけ開けようとするが建付けが悪いのか開くことはない。
「ごめんくださーい、だれかいませんか」
僕も続いて声を上げるがやはり反応がない。その瞬間僕の脳裏に嫌な予感がよぎる。もしかして元々ここには誰もいないのか、もしくは下の人たちも知らないうちに死んでしまったのではないか、僕らのここまでは無駄足に終わったのか。そう思っていた。
「何ですかあなたたちは」
家のはるか奥、山の木々をかけ分けて声の主はこちらに姿を現した。見たところチマポタとそんなに年は変わらないようだが、背中には野草が大量に入った籠を背負い両手には水が入った壺のようなものを持っている。
「えっと君は・・・」
「私はこの診療所で先生の助手をしていますチサと申します。それで何か御用ですか」
「よかったここは診療所なんだね」
「ええですが、主に毒や病気が専門ですけど」
「それでもお願いしたいんだ」
僕はウーが載った担架を地面に降ろし、彼女を覆っていた布をほどく。そうして露になったウーの様子をチサはまじまじと見つめる。
「これはひどい、いったいどこでこんな怪我を」
「えっとそれは」
目の前にけがをさせた張本人がいるなんて説明できるわけがなく、僕は洞窟を探索していた際の事故でこうなったとうそをついた。口裏を合わせたわけではないが、ダラスが黙っていたおかげで何とか話を通すことが出来た。
「そうですか、どこまでできるか解りませんがとりあえず中へどうぞ」
案内されるまま中庭から大広間へとウーを運び、そこで担架から彼女を降ろし布団に寝かせる。その際の振動でウーが痛がっていたが何とか我慢してもらった。チセはすぐに先生を呼んでくると言い部屋を後にした。
その間僕らは巻いていた古い包帯を取り傷口を湿った布できれいにすることを命じられた。しかし僕らがその作業に取り掛かろうとしたとき、ここまで沈黙をたもっていたダラスが立ち上がり口を開いた。
「私はここまでだな、じゃあ」
僕は彼女の背中になんてことばをかければいいのか一瞬迷って
「ありがとうダラス」
それだけ告げた、ダラスは振り返ることも返事をすることもなかった。ただほんの一瞬、彼女の足が止まったように見えた。
しばらくすると、奥の部屋に行っていたチセが扉を開けた。
「先生をお連れしました。ですが・・・ どうかあまり無理をおっしゃらないでくださいね」
彼女の言葉の意味がよく分からないまま、彼女に続いてのっそりとした歩みで扉をくぐる人影があった。直後僕はその容姿に大いに驚かされることになった。チセが先生と呼ぶ人物はひどくやつれており、体のいたるところが青や紫に変色していてその代わりに髪は完全に脱色しており、とても健康な人には見えなかった。むしろ彼の方がウーよりも重症であることは誰からも一目瞭然だった。それでもボロボロのウーや突然の来訪者である僕らを見てもその心は一切揺らがなかった。
「君たちが今回の患者さんかい? 」
「いえ彼女だけです」
「おやおやこれは」
医者はウーの前に座り込むと彼女に触れる。それに合わせてウーは小さな声で痛みを訴えるが彼の耳には届いていないようだ。ただ代わりに
「よく頑張ったね、あとは私に任せて眠るといい」
その言葉にいったいどんな魔法が込められていたのか分からないが、ウーはその一言を聞いた途端スースーと寝息を立て始めた。
「それじゃあ、いきなりだけどこれから手術を始めるから席を外してもらえるかな」
「分かりました。行こう二人とも」
「「うん」」
ここから先は僕らには一切手を出せない場なのでウッドデッキに座って待っていることにした。全身ボロボロのウーの治療にはかなりの時間がかかることは安易に予想できたが、チマポタの二人は一分一秒が不安でいっぱいらしく、時折僕の服の袖を引っ張りどうなったか尋ねてくる。そのたびに僕は気休めの大丈夫を聞かせてあげることしかできなかった。
だがとうとう二人の我慢が限界を超えたらしく僕の膝の上で寝息を立て始めた。そんな二人を見てつい僕にも眠気が襲ってきたタイミングで後ろの戸が開いた。
「お待たせしました、無事終わりましたよ」
「そうですかありがとうございます」
「ですが、しばらくは絶対安静が必要です。詳しいことはまた明日に」
そう言って医師は再び奥の部屋へと消えていった。僕は眠っている二人を起こさないようにそっとその場から立ち上がると大広間に入る。
「なんだかこうして顔を合わせるのは久しいですねご主人様」
そこには布団から体を起こしたウーの姿があった。
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