第12話

 その後、僕は何度も彼女と会っては話して、そして沢山のことを教え合った。

 彼女はやっぱり魔法における才能が高くて、スポンジのようにあっという間に知識や技能を吸収していった。

 それに、剣術などの武術に至ってはもう本当に感服するしかないくらいの優れていた。でも、教え方が上手なところや、要点をしっかりと押さえているとこを見ると、彼女が努力によって作り上げているのだと理解できて、そこに好感を持つことができた。


 彼女は何をしても可愛らしくて、何をしても完璧だ。


 だからこそ、僕はどんどん彼女に惚れ込んでしまった。

 それが罪であると知りながら、ブレーキを踏めなかった。それどころか、アクセルを踏んでしまう始末だった。


「ねぇ、フローラ。僕、明日からは忙しくなりそうなんだ」

「奇遇ね。私も明日からは激戦になりそうなの」


 別れを告げるのは胸が張り裂けそうだった。

 でも、必ず必要なことだった。


 ぐっと空を見上げて、変わり果てた守りたかった地に歯噛みする。


 今現在行われているヴィクトリア公国との全面戦争はヴァルキリー王国の劣勢状態だ。


 それもそうだろう。

 僕は、この花畑を壊さないように戦えと部下に命じたのだから。


 ヴィクトリアは何の躊躇いもなく“火薬”を使用して、破壊をしていく。

 景色はあっという間に変化して、僕の部下は死んでいく。

 魔力の使いすぎや攻撃の貫通、失血死やショック死、死因は様々だが、このままいけば完全に負けるだろう。


 死にたくない。


 初めて湧いた欲求に苦笑して、僕は自分の身長よりも大きな杖で無詠唱魔法を幾つも展開する。

 頭上に大量の陣が浮き上がって、部下たちの士気が高まる。


 ーーーバーン!!


 派手な音と共に敵国の武器が破壊されて、兵士が死んでいくのを見守りながら、僕はずっと防戦を続けた。


 やがて、戦場に1人の女神が舞い降りた。


 血に濡れた白銀の美しい髪に、ガーネットの瞳。

 真っ白な軍服にも血がべっとりとこびりついている。


 昨日僕のことを振った女神は、やっぱり美しい。


『ーーー月が綺麗だね、フローラ』


 昨日の夜、ふわっと空を見上げて僕は彼女に告げた。


『っ、宵待草が咲いているわね、アンソニー』


 にっこりと笑いながらもぽろっと涙をこぼして僕の告白を遠回りに断った彼女は、将軍としての責務を全うするのだろう。


『ーーーそっか』


 分かっていた。

 本当はちゃんと理解していた。

 彼女が僕の告白を断ることぐらい。


 でも、僕は泣いてしまった。

 出来るだけ笑ったけど、やっぱり涙は溢れてしまった。


 僕は許されない恋をした。


 でも、彼女に恋をして、僕の人生は180度変わった。


 僕たちはいくら惹かれあったとしても戦場では敵同士で、殺し合う運命だ。

 もうこの平和な地で会えないだろう僕たちが次に会えるとしたら、それは殺し合う敵同士としてだ。


『ねえ、フローラ。君さえ良ければ、房飾りを交換しないか?』


 お互いに感情が落ち着いたであろう頃の別れる間際、僕は感情のままに彼女に提案した。


『いいよ』


 彼女はびっくりするぐらいに嬉しそうな表情をして僕の手案に乗ってくれた。

 僕の腰には、彼女の房飾りが揺れている。


「発射よーい!!」


 ヴィクトリア公国の兵士の高らかな声と共に、今までの兵器とは見た目から明らかに違う兵器が構えられる。


 頭の中にけたたましい警鐘が鳴り響く。

 直感的に感じる死。

 絶望的な生存確率。


 僕は杖にありったけの魔力を注ぎ込んで3つの魔法を展開する。


 1つ目は、軍全体を守る大きな結界。

 2つ目は、自分の身を守る強固な結界。


 そして3つ目は、遠いところで魔法を使わんとしているフローラへの、誰にも気づかれないぐらいに繊細で小さな結界だ。


 音もなく白雷が迸り、僕の視界は一瞬にして失われた。


 数秒、否、数十秒経っただろうか、僕の視界が復帰してすぐに映った光景は、ただただ荒れ果てた大地と、多くの屍だった。


 味方は僕以外全員死んでいた。

 そしてヴィクトリアもまた、全員死んでいた。


 この過酷な戦場で生き残ったのは、僕とフローラだけだった。


「フローラ!!」


 僕たちの他に誰もいない場所だからこそ、僕は大声で彼女を呼んで彼女に駆け寄った。


 地面に倒れ込んでいる彼女の身体は、血にうずくまっていた。


 右手の損傷が1番激しく、一応原型を留めているといった様子で、2番目に損傷が酷いのは腹部で、どくどくと血が流れている。

 肋骨が折れ、その拍子に骨があらゆるところに飛散してしまったのだろう。

 それによって、臓器の損傷が起き、骨も身体の外に突き出てしまっている。

 その他の箇所もそこそこに血が流れてしまっているが、足や左手、顔などはかすり傷しかない。

 

 控えめに言って、彼女の生存確率はわずかにも満たないだろう。


 でも、それは普通に考えたらだ。

 今この場には僕がいる。

 癒しのプロフェッショナルである聖属性魔法の使い手である僕が。


 彼女よりはマシでもぼろぼろになっている僕に、彼女は泣きそうでいて辛そうに、そしてなによりも嬉しそうに笑った。


「………あん、そにー」


 けほっと口からも彼女大切なものが溢れ落ちる。

 彼女のそばには、誰もいない。

 味方を全て見殺しにした僕は言えた義理ではないけれど、『将軍』失格ではないだろうか。


「ーーーなにを、しに来たの、ですか。………てお、どーる・あんそ、にー・ゔぁる、きりー」


 ひゅっと息を飲み込むと、彼女はぐっとくちびるを噛み締めて、けれど満足そうに表情を緩めた。

 彼女は僕を突き放したいのだろう。


 彼女はいつから僕の正体に気がついていたのだろうか。

 考えてもわからないし、そうしている間にも、彼女の命はぼたぼたとなくなっていく。


 この場所には、もう彼との思い出にものは残っていない。


 でも、彼女に会えて、僕はとても嬉しかった。


「………フローラ」


 自分が思っていたよりも、ずっとずっと愛おしいものを呼ぶ声が出た。表情や雰囲気も、彼女が苦笑しているところから察するに、そうなってしまっているのだろう。


 いつもと違う彼女は、強そうで、でも、とても脆かった。

 真っ白な軍服はもはや原型をとどめていないし、身体中傷だらけだ。

 ぐっとくちびるを噛み締めてから、僕は彼女に声をかけて魔法を使う。


「………今、治すから」

「ふふっ」

「なに?」

「いい、え?………おなかは、どうなっても、いいから、て、から、なお、して?」

「っ、そんなこと許すわけないだろ!?」



穏やかにころころ笑う彼女に、僕はついつい激昂してしまう。


「右手は、商売道具だから、………いるの」

「必要ない!!」


 至極当たり前のように死よりも任務を優先させる彼女に、僕は叫ぶ。


「絶対に死なせない!!」


 自分でも驚くような地を這うような声を出してから、僕は魔法の行使を強めた。


 彼女の意識は、いつの間にか無くなっていた。

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