戦姫が愛した彼は、
水鳥楓椛
第1話
私は『戦姫』と呼ばれている。
白銀の真っ直ぐな長い髪に、ガーネットの瞳。
戦場で大鎌を振るえば、私の視界は真っ赤な血色の花が咲いて、私の髪は真紅に染まり、純白の軍服は緋色へと変化する。
私は屍の上に立っている。
一国の姫でありながら武器を握り、そして母国の勝利のために屍を作り上げている。今も影を見下ろせば、沢山の漆黒のどろどろとした腕が私の身体を引っ張ってくる。
ーーー許さない、許さない許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないーーー………!!
何重にも重なって聞こえるひび割れた不協和音には、いつの間にか慣れてしまった。
誰かを殺す度に吐き気を催していた初々しさも失ってしまった。
私には、もう戦いしか残ってない。
「ワルキューレ閣下!東軍が勝利いたしました!!」
「ご苦労。東軍は1ヶ月の休暇を与える。しっかりと休み、新たな戦に備えよ」
ワルキューレ・フローラ・ディステニー。
ディステニー帝国第4皇女にして、妾腹の忘れ去られた皇女。
これが戦に出るまでの私の価値だった。
妾だった母は、私が8歳の時に目の前で第2皇妃に刺し殺された。皇后はそんな様子を余興のように眺めていて、私と同じ色彩を持った他の皇女たちはくすくすと嘲笑っていたのが、今でも私の目裏には色濃く残っている。
そして、怒りに震えた次の瞬間には、私の手が真っ赤な血で濡れて皇后と皇后の娘である第2皇女以外のメイドや衛兵を含めた人間全員が死んでいたのを今でも鮮明に思い出せる。
皇帝はそんな私をいたく気に入った。
戦闘狂な帝に唯一似た可愛い娘。
それがあの男にとっての私への評価だった。
吐き気がした。気持ちが悪かった。
あいつと同じ白銀の髪は切り落としたくて、あいつと同じガーネットの瞳は抉り出したくて仕方がなかった。
でも、そんなことは許されない。
私はただただ強さだけを磨き続けた。
たとえ文字通り血反吐を吐こうとも、周囲に嘲笑われようとも、私はただただ武器を握り続けた。
細いナイフはレイピアに変わり、レイピアは双剣へと変わり、双剣は両手剣に変わり、そして私の相棒である大鎌へと変化した。
敵の殺し方がどんどん残虐で鮮やかになっていく自覚はあった。
でも、出来るだけ柄の長い武器を握りたかった。
人を殺す感触が少ない武器を握りたかった。
私は戦場を駆け巡る以外に生き残る道を持っていない。
皇帝からのお気に入りでなくなった瞬間に、私の命の花は散るだろう。
生きたい。
そう願って何が悪い。
醜くも生き足掻いて、何が悪い。
私の目の前で何輪もの真っ赤な花が咲き誇る。
敵兵を容赦なく殺し、そして味方の騎士を守る。それが私の務めであり、使命だ。
やっとのことで戦場からテント地に戻ると、私は真っ先に返り血を落とす。
ごしごしと身体を擦るように洗っても、鉄臭い匂いは決して身体からはなくならない。
「………………」
ある一定のところで諦めて、私は自分専用のテントへと戻る。
「ワルキューレ閣下、明日は………」
「明日は西軍の軍事支援に向かう。そのように、」
「いいえ。明日はお休みです。西軍も先程勝利を挙げたようですから」
「………分かった。明日は羽を伸ばしてくる」
休みを得たのは1ヶ月ぶりだろうか。
本来ならば3日に1回は必ず休養を取らねばならぬところを、私はずっと休んでいなかった。
休み返上で戦わねば、気が狂いそうだったからだ。
でも、そろそろ休むべきだろう。
私はゆっくりと溜め息をついて、寝袋に丸まる。
すっと瞳を閉じると私の視界には血みどろの戦場やお母さんの死が瞳の奥に仄暗く映る。
ーーー助けて、助けて助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて………!!
頭の中を響き渡る不協和音と視界のせいで、今日も結局、私の世界に深い眠りは訪れなかった。
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