香り広がるガラスペン
最近私はゆーりんちー
香り広がるガラスペン
ブッコローの一日は、家族への挨拶から始まる。
「○○(嫁)、○○(姉)、○○(妹)おはよう。」
「お父さん、おはよー。」
嫁と娘たちから元気な声が返ってくる。私は、このおはように娘たちの一日がいい一日になりますようにという願いを込めて毎日丁寧に元気よくを意識している。こういう小さなルーティーンが家族仲良しの秘訣なのかもしれない。
「おとうさん、今日は結婚記念日だから早く帰ってくるんだよね?」
娘が嬉しそうに聞いてくる。久しぶりの早帰りだし喜んでくれてるのかな。ふとそんなこと思う。
「うん、頑張って仕事早く終わらせてくるよ。今日はyoutubeの撮影が昼からあって18時半には終わるからそれが終われば、すっ飛んで帰ってくるぞ。」
「すっ飛んでって、飛べないんだから電車でしょー。」
「確かに、そうだな。一本取られたわ。」
「そんな冗談はどうでもいいけど、急いで帰ってくるからってケーキ忘れないでよー。」
「ああ、分かってるって。」
どうやら娘が期待しているのは、私が早く帰ってくることではなく、ケーキを持って早く帰ってくることらしい。
残念に思いながらも、娘が嬉しそうなので良しとする。
家を出るとき、雨が降っていた。あいにくの天気だが、今日は帰りを待つ娘たちがいると思うと気分は快晴だ。
いつものように東横線で出社し、撮影部屋に向かう。今日もがんばるかあ。そんなことを考えていたところ、Pが後ろから声をかけてきた。
「おはようございます。今日の台本、頭に入ってます?」
「おはようございます。もちろん。今日はガラスペンの世界の続編でしたよね。」
「そうです、台本にある通り、ペンの種類は5種類で、それぞれ特徴あるんでしっかり把握しておいてくださいね。」
「わかってる。確認ありがとね。」
Pの几帳面で真面目なところは昔から変わらないなあと改めて感じる。この几帳面さがあるからこそ、今まで大きな粗相なく続けてこれたなあと思う反面、Pの言うことにみんなが右向け右になりつつあるのは最近の気になるところではある。
今日の台本に改めて目を通す。ガラスペンの世界はすでにたくさんやってきたので、そんなに驚くようなペンはないかと思っていたが、一番最後に面白そうなガラスペンがあった。
『香り広がるガラスペン』
この5本目に紹介する香り広がるガラスペンは、インク浸すと、そのインクの香りが広がるというものだった。仕組みはわからないが、香り増幅装置なるものが搭載されており、この装置はどんな匂いも増幅できるらしい。
台本には香り付きインクを組み合わせて使う。と記載されておりこれは楽しそうだなと思った。
4本目までは順調に紹介が終わった。
取り高十分。時間も順調!このまま終わらせてケーキ買って帰るぞ。そんなことを思いながら5本目の紹介に入った。
「五本目はこちら、ガラス工房 フレグランスさんが作っている、香り広がるガラスペンです。」
「えー、ちょっとなにこれ、においでるの?」
「そうなんですよ。つけたインクの香りが部屋中に広がるんです。」
「へーおもしろそう!早く書きたい!」
ペンは透明にほんのりピンク色が付いており、いかにもいい匂いがしそうな見た目をしている。
シャーシャーシャー
実際に書いてみると、ガラスペンの心地よい筆音に加えいい匂いがしてきた。
「うわー、ほんとに匂いすんじゃん。すげー。」
「ほんとにいい匂いですよね。こっちまで匂ってきてます。」
「へー、そっちまで匂ってるんだあ。めちゃめちゃ香り強いじゃんこれー。」
思っていたよりも香りが強く、部屋中ににおいが充満した。
『違うの香りのインクも試してみて。』
Pからのカンペが出される。
すでに、香りが充満している部屋でもう一つ試したら、香り混ざって臭くなるじゃ?一瞬頭をよぎったが、Pが言うならともう一つのインクで試し書きをする。
シャーシャーシャー
2個目のインクの香りが漂い始め、予想通り混ざって変なにおいになる。
「ちょっとー、匂い混ざって臭くなったじゃん。もー。」
臭くはなったが、おいしい取れ高ができたので良しとするか、と思いながら、撮影は終わりに向かった。
あー今日のはいい絵が取れたなあ。そんなことを思っていると、とんでもない光景が目に入ってきた。
スタッフがガラスペンの入った箱を片付けており、ちょうど窓際を通ろうとしていた。窓は換気のため開けられており、そこから雨が入ったため床が濡れている。
あぶない!
そう思ったときには遅かった。
ガッシャーン!!
ガラスペンを持ったスタッフが盛大にこけてしまい、ガラスペンが割れてしまった。
床にはキラキラと光るお星さまのようなガラスペンの破片たち。大惨事である。
「どうすんだよこれー」
「ガラス危ないから動いちゃダメー」
飛び交う会話。
蜂の巣をつついたように現場は、大荒れとなった。
何とか事態を収拾させたが、帰るころには21時を過ぎていた。
Pが壊れたガラスペンの値段にうなだれている横で、ブッコローもまた悩んでいた。
まだケーキ買ってないなあ。ケーキ屋さんしまっちゃってるしどうしよう。
悩んでいると、香り広がるガラスペンの内部についている香り増幅装置が目に入った。
「ちょっとP、この香り増幅装置もらってもいい?」
「ん、ああ、いいよ。」
疲れがにじんだ顔でどうでもよさそうに答えるP。
よし、これ使えば何とかなるかなあ。ブッコローはそう思いながら帰路についた。
「ただいまー。」
家に帰ると、娘が走って出迎えてくれた。
「おかえりー。お父さん、遅いよ。ちゃんとケーキ買ってきたんだよね。」
「ごめんごめん、ちょっと仕事が長引いちゃってな。ほらこれ。」
「わー、おっきな箱!この箱いいにおいするねー。」
ケーキの箱を渡すと娘たちは嬉しそうにその箱をリビングに運んで行った。
箱を開ける楽しそうな声が聞こえてくる。そして、、
「えーケーキちっちゃい!!こんなにいい匂いさせといてなんでー。」
娘たちの不満の声が聞こえてきた。それもそのはず、ケーキはコンビニの小さめの物を買い、ホールケーキサイズの箱に入れただけなのだ。中には、香り増幅装置を入れたので、匂いだけはいっちょ前に漂わせている。
「もー。せっかくおなか一杯ケーキ食べられると思ったのにー。」
楽しそうに笑っている嫁、文句を言う怒った顔の娘。
申し訳ないと思いながらも、怒った娘の顔もかわいいなと思うブッコローであった。
香り広がるガラスペン 最近私はゆーりんちー @you-rinchi_misaki
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