第84話:再移住と政策相談

 俺は東竜山脈南側の果樹園に連れて来ていた人々を再移動させました。


「新しい耕作地ができました」


 俺は七つ目の果樹園でも同じことを話しかけました。


「今度は水田と畑です」


 水田での耕作法を知らない人々だから不安を感じるのはしかたありません。


「水田の方が多くの人が飢えずにすみます」


 俺を信じている人々だから、期待に胸を膨らませてくれています。


「果樹、栗や胡桃が取れる木も植えています」


 家族で美味しく食べ切れる量の庭木は俺が植えて育てました。

 それくらいなら炎竜も怒らないとおもいます。

 米や麦のような穀物、野菜だけが食糧ではない。


「水田なら、淡水にすむ魚や貝が食べられます」


「「「「「おおおおお!」」」」」


 人々が歓声を上げてくれます。

 泥臭い淡水魚とはいえ、餓死寸前で暮らして来た彼らには御馳走です。


「新しい耕作法は俺が教えますから、安心してください」


 信用は大きいですね、俺がそう言っただけで安心してくれます。

 その信用を利用して、十個の酒蔵から人間を集めました。


 効率を考えて、一度の教える人数は四千人にしました。

 彼らの前で、魔法を使って試験用水田に稲を植え促成栽培します。


 歓声を上げる彼らの前で、たわわに実るまで稲穂を育てます。

 少々しんどくて汚れますが、稲刈りをやって見せます。

 やって見せてから、彼らにもやらせます。


 四千人が、周囲を囲んでいる幅のない畦道で見学できるだけの水田です。

 百枚十町くらいの水田を、何度かに分けて試作してみせます。

 田植え、稲刈りだけでなく、天日干しや脱穀もです。


「表で米を作り、裏で麦を作るのは、米の方がとても美味しいからです」


 人間は誰でも新しい事をするのは怖いです。

 まして水田で稲作をするとなると、蛭に血を吸われながらの農業です。

 その苦行を乗り越える何かがなければ挑戦できません。


 俺や炎竜の力を使えば、恐怖感で強制する事は可能です。

 ですが、できる事なら、よろこんでやってもらいたいのです。

 そこで考えたのが、白米の美味しさを実感させる事です。


「これが精米した後の米の美味しさだ」


 最適の炊き方の白米はとても美味しい!

 この世界では滅多に味わえない甘味をほのかに感じられる。

 干肉を刻んだ塩味と一緒に食べたら至高の味だ。


「おいしい、本当に美味しいです」

「こんな美味しい物を食べたのは初めてです」

「この水溜まりなら、これと同じ物が作れるのですか?!」

「こんな美味しい物が食べられるのなら、水溜まりでも喜んで働きます」


 思い通りに行った事を喜ぶべきなのでしょうか?

 あまりのも簡単に俺の策に引っかかる人々を心配すべきでしょうか?


 これだから、洗脳能力のある指導者が、簡単に人々を集めて国や教団を立ち上げられるのでしょう。


「これから連れてくる者達にも同じことを教えてやってください」


 俺に教わった事を他人に教えようと思えば、深く知らなければいけません。

 四千人全員ができない事は分かっています。

 百人に一人か二人いれば十分です。


「では、まずは田植えからしてください」


 俺が促成栽培した稲を刈り取らせるのは後です。

 先ずは田植えからやらせます、最初から正条植えを覚えさせておきます。


 一からやらせるなら、種籾を田植えができる十五センチくらいまで育てる、保温折衷苗代を教えるべきですが、それは後に回しました。

 一番しんどい田植えから経験してもらう方が良いと思ったのです。


 炎竜が二万枚の水田地帯を二カ所も造ってくれましたので、俺も頑張って一日四万人を移動させて、稲作の指導をしました。


 炎竜は毎日二カ所の酒蔵を飲み干しますが、その分だけ耕作地と酒蔵を造ってくれます。


 俺も頑張って毎日四万の人々を移住させて農業指導をします。

 夢中になって頑張っていたら、たった二日で、東竜山脈の南側に移住させた人々を、全員移動させ終えてしまいました。


「父上、母上、炎竜に広大な農耕地を造らせました。

 地竜森林と東竜山脈の間ですから、誰にも攻められる心配のない楽園です」


 俺は事の成り行きを両親に話しました。

 全て詳細に話したら、両親も一緒になって今後の事を考えてくれました。

 

「全ての領地にいる貧民を移住させよう」


 父上は今ある領地の改革を最初に考えられました。

 農地が狭すぎて、領主に税、地主に賃料を払うと、餓死するかしないかぎりぎりに人々に、新しい農地を与える政策です。


 ですが父上も苦しい領地経営をしてきた方なので、甘くないです。

 領主として四割の税を納めさせるだけでなく、農地を開墾した地主としても二割の賃料を納めさせるのです。


 ですが、貸し与える農地が広大ですから、今まで以上に働かなければいけませんが、とても豊かになれます。


 新しい農法を教えますから、今までの十倍は作物が手元に残ります。

 家畜も貸与する計画ですから、俺達にも家畜分の税と賃料が手に入りますし、彼らも乳と毛の四割が手元に残ります。


 旧領に残る農民たちの待遇もよくなります。

 多くの小作農が移住してしまいますから、残った小作農が借りられる農地がとても多くなります。


 地主たちが待遇を改めなければ、彼らも俺達の直轄領に移住しますから。

 不当に四割も五割もの賃料は取れなくなります。

 農地の賃料がきっちり二割になれば、他領から勝手に人が集まってきます。


「他の領地から人を集めましょう」


 母上は既存の領地だけでなく、他領からも人を集める気です。


「これまでも奴隷を買っていましたが、もっと積極的に買うのです」


 普通に集めるのではなく、此方から動く事を提案されます。

 ですが、母上にすれば凄く我慢されています。

 母上本来の性格なら、戦いに勝って奴隷を奪えば良いと言われる所です。


 亜竜素材を大量に売った事と、多くの戦いに勝った事で、我が家には莫大な財貨があるのです。


 その多さは、我が家が財貨を使わないと、市場に流通する商品に比べて貨幣の量が足らず、デフレーションが起きる可能性すらあるほどです。


 その点も考慮して、大量の奴隷を買った方が良いでしょう。

 問題があるとしたら、我が家が奴隷制度を極端に嫌っている事です。

 母上も、これまで認めてこなかった奴隷制度を取り入れる気はありません


「奴隷達に自分を買い戻せるくらいの農地は与えられますか?

 どれくらいの家畜を貸し与えれば、十年で自分達を買い戻せますか?」


 母上らしい現実的な考えです。

 今ある奴隷制度を我が家だけで完全になくすことは不可能です。

 やろうと思えば、大陸に有るほぼ全ての国を占領しなければいけません。


 或いは、炎竜を上手く操って全ての国を脅すかです。

 ですが、表向き奴隷制度が無くなっても、実質的には奴隷のままです。

 身体を売らなければ餓死する可能性の高い人々が残るだけです。


「今の貨幣価値、奴隷の値段を考えると、二十年は必要なります」


 上手く今のデフレーションと将来のインフォメーションを使えれば、十年くらいで買い集めた奴隷達に自分を買わせられるでしょう。


 ですが、それでは我が家が多くの損をする事になります。

 自由平等はとても大切だとは思いますが、その為に我が家が損をするのは、何か違うと思うのです。


 父上と母上は時代の英雄だと思いますが、聖人や聖女ではありません。

 俺も、英雄には成れても聖人にはなれません。


「二十年ですか、奴隷から自由民になるのならそれくらい時間と努力は必要ですね」


 母上は理想と夢想、理想と現実の違いをよく分かっておられます。

 それに、タダで与えられた自由と平等は大切にされません。

 自分達の血と汗と涙で手に入れてこそ、人は自由と平等を大切にできるのです。


「問題があるとすれば、奴隷の夫婦の間に生まれた子供をどうするかです。

 これまで通り、奴隷の子供は生まれ持っての奴隷にされますか?」

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