第76話:干柿と柿酒

 炎竜の魔力量には心から驚かされました。

 どれほど扱き使っても、魔力が減ったように見えません。

 もしかしたら俺と同じくらい魔力があるのかもしれません。


 既存の果樹園を全て回って促成成長させる、一巡目が終わりました。

 炎竜なら、このまま順番に廻れば半永久的に実りを享受できます。

 ですが、それでは俺や炎竜がいなくなってから困ります。


「炎竜様、強い番人や番亜竜がいない果樹園だと、魔獣や亜竜、最近多くなった渡り鳥に、酒のための果実を食べられてしまいます。

 何か防ぐ手立てはありませんか?」


「ああ、俺様の果実を喰う不心得者がいるだと?!

 そんな奴は俺様がぶち殺してやる!」


「そうしていただければ一番良いのですが、これから東竜山脈を東へ東へと果樹園を増やしていくと、どうしても守り切れなくなると思うのです」


「ふむ、俺様が縄張りを主張しているのに、入ってくる獣や鳥、劣等種がいるとは思えないが、気配も分からないような虫同然の馬鹿なのか?」


「炎竜様、縄張りを主張すると言うのは、動物のマーキングと同じなのですか?」


「馬鹿者!

 獣のように糞尿で主張する訳がなかろう!

 魔力を残しておけば、僅かでも知能があれば怖がって入ってこん」


「もしかして、これまで促成成長させた果樹園は、炎竜様が縄張りを主張する魔力を残しておられるのですか?」


「ふん、意識して残さなくても、魔術を使ったら残る」


「あのう、あの辺りは炎竜様と東の飛竜様の境界線ではありませんか?」


「そうだが、それがどうした?」


「そんな事をして、東の飛竜様がお怒りになりませんか?」


「ふん、あいつはその程度の事で怒ったりはせん。

 狩りの加減で縄張りが多少増減するのはよくある事だ。

 まあ、あまり東に行き過ぎると怒ってやってくるだろうが、まだまだ先だ」


 まずい、まず過ぎる、炎竜と飛竜が本気で縄張り争いしたら、我が家の本領が消し飛んでしまう。


 いや、竜爪街道の事を考えれば、ゲヌキウス王国はもちろん、連邦も壊滅させられてしまうかもしれない。


「炎竜様、炎竜様と飛竜様が喧嘩されると、周囲にとんでもない被害がでますよね?

 そんな事になったら、酒の材料になる果物が壊滅してしまいます。

 僅かでも飛竜様を怒らせる事がないように、余裕をもってください。

 これから新しい果樹園を作ってもらいますが、飛竜様を怒らせるような場所では作らないでください」


「ちっ、五月蠅い奴だ!

 俺様ならあのような奴一撃で仕留める、と言いたいところだが、まあ、奴もそこそこ強いから、山の一つや二つは無くなってしまうな。

 しかたがない、酒のためだ、適当な所で止めてやる」


「ありがとうございます」


「だが、東が駄目でも西がある。

 西竜山脈にも果樹園を作るぞ!」


 これは願ってもない話、瓢箪から駒だ!

 これまでは東竜山脈にしか村がなかった。

 だが、西竜山脈に延々と続く果樹園ができれば、新しい村を作れる!


「分かりました、炎竜様はこれまでやってきたのと同じように、東竜山脈と西竜山脈に果樹園を作ってください。

 俺は人間の国に行って、果物を集める人手を連れてきます」


「人手が足りないだと、さっさと集めて来ないか!」


 俺は連邦で苦しい生活をしている者達を集めました。

 炎竜を酒で操れるのでしたら、もうどんな魔術も隠さなくてもよくなります。


 家族にまで恐れられるかもしれないと思って自重していましたが、炎竜と対等に交渉している時点で、もう家族にも恐れられているでしょうから。


 俺は連邦から多くの人手を集めました。

 炎竜が次々と新しい果樹園と酒蔵を造るので、後から果物を採取しろと連れてきた連邦民は炎竜を見る事がないので、特に怖がる事無く働いています。


 連邦の労働者が眠る場所は、とんでもなく頑丈な酒蔵です。

 何も畏れる必要のない、とても安全な場所です。

 食べる者は果物が食べ放題だし、酒蔵の涼しい所に肉料理を置いてあります。


 酒蔵一つに醸造家一人つけていますから、俺がいなくても何とかするでしょう。

 今やるべき事は、一つでも多くの果樹園を作る事です。


 ここまで順調だと、造る酒の事も考えておいた方が良いでしょう。

 今はまだ既存の魔術融合果樹ですが、他の品種を創り出した方が良いかもしれませんね。


 俺の好きなトマトは、昔ながらの酸っぱい味で、糖度が五パーセント程度です。

 家族のために魔術改良したトマトの糖度は、十三パーセントくらいだと思う。

 転生前に食べたフルーツトマトと比較してそれくらいだと思います。


 炎竜にはワインにすると言ったブドウですが、俺用に魔術改良したのは、トマト同様に酸味が強い甲州系の糖度十五パーセントくらいです。


 家族のために魔術改良したブドウは、俺が資料で読んだことある最高の糖度、二十五パーセントくらいあると思います。

 糖度がアルコールに変化するなら、酒精の強いワインになると思います。


 俺用のリンゴは、アップルパイにしても美味しい紅玉のような味です。

 酸味は強いですが、意外と糖度が高く十五パーセントくらいだったと思います。


 キッチリと測ったのではなく、味の記憶を基に魔術再現したので、文書で読んだ平均糖度を当てはめていますから、正確な数値ではありません。


 家族用のリンゴは、俺が本で読んで興味を持ったはるかと言う品種で、試しに食べたらとても甘くて、糖度が二十パーセントくらいだったと思います。


 柿だけは少し違っていて、俺用と家族用で分けていません。

 俺が食べた事のある柿を全て再現しています。


 柿は生で食べるのも好きなのですが、ドライフルーツにした中で柿が一番好きなので、つい力を入れて魔術改良してしまいました。


 柔らかくて糖度十五パーセントくらいの富有柿。

 コリコリとした食感で種が小さく糖度十五パーセントくらいの次郎柿。


 何よりも再現したかったのが、子供のころ夢中になった干柿!

 糖度二十パーセントの完全渋柿、西条柿を干柿用に魔術再現しました。


 完全に干したのも美味しいですが、硫黄で燻蒸して乾燥させると、半分生のような状態になって、まるで羊羹のように柔らかいあんぽ柿になるのです。

 このあんぽ柿がたまらなく好きなのです!


 炎竜に柿を作らせるには、柿が美味しい酒になると思わせないといけません。

 以前何かのサイトで柿も酒にできると読んだ事があります。


 あ、ちがう、あれは柿酢の記事でした。

 柿酢を造るには、その前に柿酒を造らないといけないと書いてありました。


 炎竜を説得する前に、自分で酒にしてみましょう。

 以前から試してみたいと思っていた魔術があるのです。


「俺の記憶の奥底にある記事を思い出す。

 前世で見たり聞いたり読んだりした事を思い出す。

 今回は柿から柿酒を造り、柿酒を柿酢にした記事だ。

 昔読んだ記事を思い出す。

 アイ・リメンバー・アーティクル・アイ・リード・ア・ロング・タイム・アゴ―」


1:水を一滴も加えない甘柿の絞り汁を作る。

2:酵母菌を加える。

3:アルコール発酵させる。

4:柿汁が柿酒になったら雑菌が入らないように封をする

5:酢酸発酵させて柿酢にする

5:柿酢に七十五度までの熱を加えて発酵を止める。


 よし、柿酒と柿酢の造り方を思い出したぞ!

 俺は甘柿のヘタを取った物だけを村の住民に集めさせました。

 十石甕にあるだけの柿汁を入れてもらいました。


「俺の記憶にある柿酒の造り方通りにできる魔術を発動する。

 不要な菌、雑菌は死滅させる。

 美味しい柿酒に発酵させる菌だけを残して他の菌は全部死滅させる。

 俺の全魔力の半分まで使っていい。

 魔力で強引に柿酒を造る。

 何が何でも柿酒を造る!

 メイク・パシモン・ワイン!」


 目の前の十石甕からブクブクと泡が立っている。

 このまま上手く酒になってくれ!

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