第75話:酒狂い

 俺の魔力量を警戒した炎竜が、周りの人間を人質にして攻撃してくる。

 そのような事は全くありませんでした。


「ふん、どれだけ魔力量が多くても人間、余が気にする必要などない。

 余が気になっているのは酒だ、さっさと酒を造れ!」


 王都に行って醸造家を連れてくるのは良いですが、ここに残していく人たちが心配でたまりません。


 炎竜を刺激しないように、亜竜軍団はもちろん猛獣軍団も連れて来ていません。

 少し強い猛獣が襲ってくるだけで、多く民が死傷してしまいます。


「炎竜様、俺が王都に行って酒造りの上手い人間を連れてきます。

 その間、酒の材料を集めている人間を護っていてください。

 彼らが材料を集めてくれないと、酒が造れません」


「くっ、余が人間などを護らねばならぬとは!

 酒のためだ、仕方がない、直ぐに戻ってくるのだぞ!」


 炎竜は酒の為なら大概の事は我慢してくれるようです。

 やり過ぎは危険ですが、上手くやれば炎竜を番犬代わりに使えます。


「まずはその鯨を運んでもらいます。

 炎竜様の攻撃でできた渓谷は分かりますか?」


「あ、ああ、あれか、あれなら分かるぞ」


「あの向うに、私の領地があります。

 そこまで運んでくだされば、家臣が鯨を捌いて食べられるようにします」


「そうか、だったらサッサと済ます」


 炎竜はそう言って竜爪街道の上を飛び越えようとしました。

 いきなり行くと混乱するかもしれないので、俺はゲートを繋いで先回りしました。


「炎竜様が鯨を狩ってくださいました。

 食べられるように解体してください。

 解体しながら国民全員分の倍以上、できるだけ多くの食事を作ってください。

 パンや粥はいりません、肉だけ焼いてくだされば十分です」


 二つの男爵領で叫んだ直後に、炎竜が悠々と竜山脈を越えて姿を現しました。


「卑小な人間ども、余から酒造りの褒美をくれてやる。

 褒美に見合う酒を造らねば踏み潰す」


 炎竜は低空にホバリングしながら言い放ちます。

 好き放題言って果樹園に戻って行きます。

 よほど果樹園が気になるのでしょう。


 俺も急いで果樹園に戻りました。

 気配が分かるようにしていますが、僅かな隙が民を死傷させる事もあるのです。

 炎竜よりも先に戻って待ち構えました。


「鯨はくれてやったぞ!

 さっさと王都とやらに行って、酒造りの上手な奴を根こそぎ連れて来い!」


「では行ってまいります」


 俺は王都とゲートを繋いだままにして行きました。

 炎竜を完全に信用している訳ではありませんので、気配を感じられるようにです。


「俺の姿と声を王都中に届けてください。

 ツー・フォーシブリィ・デリバー・ワァンズ・アピアランス・アンド・ボイス」


 映像拡声魔術を使うのにも慣れました。

 初めて王都で使った時は気を使いましたが、国内王侯貴族領全てで使ったので、もう別の作業をしながらでも使えます。


「王都の王侯貴族だけでなく、平民にも命じます。

 炎竜様が酒造りの上手な者を求めておられます。

 酒を造ってみて、下手だったとしても、罰せられる事はありません。

 ですが逃げ隠れしようとしたら、醸造家だけでなく、王都中の人間が殺されます。

 王都で一番酒造りが上手い者を連れて来てください。

 それが一人でなくても構いません。

 酒の好みは千差万別、一番が五人でも十人でも百人でも構いません。

 ですが、後でももっと酒造りが上手い者がいたと分かったら、王都が焼き払われる事になりますから、隣近所の方も匿ってはいけませんよ!」


 炎竜がよほど怖いのでしょう。

 醸造家本人が進んで出頭するケースもありますし、家族が連れてくるケースもありましたが、特に多かったのが隣近所に縛り上げられ連れて来られるケースでした。


 王も前回脅されたのがよほど怖かったのでしょう。

 騎士団を動員して王家御用達と王国御用達の醸造家を連行してくれました。

 それも、弟子を含めた全員を連れて来てくれました。


「炎竜様、酒造りが上手な者達を連れてきました。

 この連中に酒を造らせますから、俺達は別の事をします。

 ところで、炎竜様の魔力はまだ大丈夫ですか?

 魔力がないと、新しい果樹園を作る事も、林檎を実らせる事もできません」


「ふん、この程度で余の魔力が減る事などない。

 多少は減っても、直ぐに元に戻る」


「では魔力の続く限り酒造りに必要な物を造ります。

 先ずは果樹を実らせるのに必要な液肥を作っていただきます。

 液肥を作るためには、元になる木々や腐葉土が必要になります。

 主がいない、もしくは主が弱くて、炎竜様が魔樹や魔草を刈り放題できる魔境はありますか?」


「余の自由にできる魔境だと?

 五千年前の事しか分からんから、確実ではないが、無くはない」


「ではそこで魔樹を刈って液肥にしてきてください」


「ちっ、偉そうに命じやがって!」


 そろそろ限界か?


「申し訳ございません。

 では、人にだけできる方法で、酒造りを続けさせていただきます。

 少々時間はかかりますが、できるだけ急がせますので、お待ちください」


「分かった、分かった、分かった、液肥だな?

 さっきほど作ったのと同じ物を作れば良いのだな?」


「はい、同じ物を作っていただければ、他の村の果樹園も実らせられます。

 その果実を酒にする事ができます。

 炎竜様が液肥を作ってくださっている間に、俺が果実を酒に醸造させる甕を造っておきます」


「ふん、口先だけでなく本当に働けよ!」


「はい、炎竜様のために身を粉にして働かせていただきます」


 炎竜は本当に良く働いてくれました。

 何所の魔境か分かりませんが、何度も往復して大量の液肥を造ってくれました。


 俺も、これまでのような小さな甕ではなく、前世日本の伝統的酒蔵に有ったような、十石酒樽と同じ大きさの酒甕を造りました。


 十石酒甕を九甕並べられる酒蔵も造りました。

 九甕酒蔵を炎竜が通れる幅を空けて百蔵造りました。

 ただ東竜山脈なので、斜面に段々に酒蔵場並んでいます。


 屋根は蓋のような構造で、炎竜が開けられるようにしました。

 これでいちいち甕から酒を移して運ばなくてもよくなります。

 炎竜が屋根蓋を持ち上げて開けたら、外から首を伸ばして酒が飲めます。


「炎竜様、今度魔術促成成長させるのはブドウの木です。

 これを実らせれば、ワインを造る事ができます。

 炎竜様がとても気に入られていた酒がワインです」


「ばかもの、だったら一番先にワインを造れ!

 何故リンゴの酒など最初に造らせたのだ?!」


「あれがこの村で一番作りやすい果実だったのです。

 他の村がどうなのかは分かりませんが、この村ではそうなのです。

 炎竜様に飲んでいただく酒ですから、最初に失敗するわけにはいきません。

 卑小な人間の保身ですので、笑って許してください」


「くっ、姑息な言い方をしおって!

 しかたがない、今回は許してやる。

 だが、次に魔術で融合させる果樹はブドウだぞ!

 リンゴとやらはあれで最後だ」


「はい、そうさせていただきます。

 では、早速お願いいたします」


 林檎ほど日持ちはしないが、ブドウはレーズンにできるから構わない。

 俺の願いを聞いて、炎竜がブドウ果樹園を魔術促成成長させます。

 一瞬でたわわに実ったブドウの実を、村人総出で収穫していきます。


 ブドウをワインにするには人間の足で潰さなければいけません。

 炎竜の魔術で潰させる事も考えたのですが、ここまで来て細かな調整に失敗してしまい、ブドウを台無しにされては困ります。


 細やかな作業は人間にやらせるようにします。

 炎竜にやってもらうのは、莫大な魔力が必要な作業に限ろうと思います。


「炎竜様、ブドウだけ実らせないでくださいね。

 ブドウのワインよりも甘くフルーティーになる果実もあるのですよ」


「なに、本当か?!」


「はい、こちらの桃や柿からも甘くて美味しい酒が造れるのですよ」


「しかたがない、試しに造って美味しければ魔術融合させて増やしてやる。

 先ずはここにある果樹を全て実らせてやるから、試しに造って見せろ!」

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