第68話:荒業

 今俺が最優先にしなければいけない事は、圧倒的な魔力量を利用した、俺が生きている間だけできる生産です。


 普通の人では生産活動ができない季節での耕作がそうです。

 自分が死んだ後でもやれる事は、普通の人達にやってもらいます。

 耕作不可能な場所でだけ、自分の魔力に任せた荒業が許されます。


 その耕作不能な場所の一つが、連邦領の最北部にある海岸です、

 厳冬期には海が凍り付き、裂け目に落ちて凍死するのを恐れなければ、海上のはるか沖まで歩いて行けます。


 テレポートと身体強化で海まで行き、絶対に人が来ないであろう沖合遥か遠くの氷山を、魔法袋に保存して戻りました。


 その水を、東竜山脈の三千メートル付近に作った大穴に入れます。

 周囲を圧縮強化岩盤で作った大穴は、上に圧縮強化岩盤を造れば巨大な貯水槽になるのです。


 化学の法則に「混ぜても混晶をつくらない物質で不飽和溶液を作り、それを凍らせると溶媒と溶質に分離する」というのがあります。

 これを海水で考えると、凍れば水と塩に分かれるという事です。


 俺はせっせと大穴を掘っては巨大流氷を運び、地下貯水槽を造りました。

 地下百メートルの温度は二度から四度と安定していますから、どれくらい時間がかかるかは分かりませんが、いずれ溶けてくれるでしょう。


 などと考えて運んでいるうちに、炎竜砂漠の影響の及ばないほどの高さ、万年雪のある高度に流氷を置いておけば、夏にも大量の水を確保できると思いつきました。

 崖崩れの起きない平坦地に、大き過ぎない流氷を大量に運んでおきました。


 その両方が十二分にできたので、次に流氷ではなく海水を運ぶ事にしました。

 大量の海水を利用する方法を思いついたのです。


 炎竜砂漠にある砦では、東竜山脈千メートル付近から汲み上げた地下の鹹水を運び、製塩室で塩と真水に分けています。


 徐々に規模を大きくして、今では五百人を常駐させられるくらいの真水生産力があります。


 これまでは、常駐する人間もいないのに無暗に規模を大きくする必要などないと思っていたのですが、考えを変えました。


 将来の脅威に備えるのに、今の人口を考えていては、桁が一つ二つ違ってくる可能性があるのです。

 

 それこそ、連邦にいる全ての民が炎竜砂漠に逃げて来る事も考えられるので、急いで強大な難民収容所を造っておく必要があるのです。


 いえ、逃げて来る時ばかりではありません。

 逃げ出す時にも必要になります。


 炎竜砂漠の巨大属性竜が目を覚ました時に、人よりも目立つ存在を沢山作っておいて、それを攻撃している間に民を逃がすのです。


 ですが、目立つだけで何の役にも立たない場所ではありません。

 大半は地表よりも低い場所にありますが、片面が東京タワーや超巨大タンカーの全長と同じ長さの三百三十メートルです。


 内部には居住区画もたくさんありますが、一番巨大な空間は海水貯水槽と淡水貯水槽です。


 東京ドームよりも少し多い容積、八百万バレル(十億万立方メートル弱)の海水と淡水を蓄える事ができるようになっています。


 もちろん、副産物としてできた塩を蓄える場所もあります。

 一立方メートルの海水から三十四キログラムの塩が作れます。

 八百万バレルの海水からは、三十四億トンもの塩が作れるのです。


 前世ヨーロッパの巨大岩塩鉱山を遥かに超える量です。

 それを百カ所も造れば、我が家は塩の輸出だけで未来永劫繁栄できるでしょう。

 竜爪街道から近い場所に、巨大地下製塩所を百ケ所造りました。

 

 それが終わってから、連邦領内にある俺の拠点にも地下巨大貯水場を造りました。

 此方は東竜山脈に造った貯水場に、地下居住地が併設されたものです。


 飲料にできるようなきれいな真水が少ないのが、この世界、少なくとも俺が知っている四カ国の特徴です。


 清潔で美味しい飲料水が大量に確保できれば、病気で死ぬ人が減ります。

 俺の品種改良と農業知識を併用すれば、これまでのような連作障害による大量死を回避する事ができます。


 食糧難と水不足を解消できれば、農業革命による人口の増加が可能になり、産業革命につながるかもしれません。


 そしてそれを成し遂げるの、我が家でなければいけないのです。

 などと考えて精力的に動いていたのですが……

 

「殿下、フェルディナンド殿下、大変でございます!」


 薪の補給に竜爪街道北砦によると、元行商人で、今はで中規模商会の商会長を務めるピエトロが俺を待っていました。


 連邦では大公王として祭り上げられている俺ですが、本領地に戻れば未だに男爵家の嫡男として扱われる事もあるのです。


 特に幼い頃から身近にいた古参家臣達は、ごく親しい身内、叔父さんや大叔父さんのような関係なので、緊急時には礼儀作法を後回しにする事もあります。


 常に俺を立ててくれる家宰で騎士団長も兼務するフラヴィオが、大公王に対する儀礼を吹き飛ばしてピエトロに会わせるほどの、緊急事態が起きたのですね!


「落ち着いてください、貴男ほどの人間がそこまで慌てるなんて、いったい何が起きたというのですか?」


「ふぅううううう、申し訳ありません。

 随分と前に写しを読んだ時にも驚きましたが、つい先ほどまでは落ち着いていたのですが、殿下と会って報告しなければいけないと思うと、急に焦ってしまいました」


「私に報告すると思うだけで、一度冷静になっていたのが焦ってしまうとは、どれほど恐ろしい話を持って来たのですか?」


 俺は少々おどけるような調子で問いかけました。

 満面の笑みをたたえて、何があっても大丈夫だとアピールしたのですが……


「本当に恐ろしい話しなのです、これを見てください。

 例の石板の写しです。

 ここにとんでもない事が書かれているのです」


 俺はピエトロが大切に持って来た写しを見てみました。

 ピエトロが手を離さないので、目の前にまで持ってこられません。

 取り上げたりしませんし、取り上げたとしてもちゃんとお礼はします。


 羊皮紙を使っているので、石板に塗るインクは粘度の強い物を選んだのでしょう。

 何とか読めとれますが、前世の印刷物とは雲泥の差があります。


「ここです、ここの所が、これまでの炎竜砂漠と竜爪街道の伝説に触れた所なのですが、眠れる強大な炎竜は五千年後に目を覚ますとあるのです」


 確かにピエトロの言う通りです。

 人間の悪行に怒った強大な炎竜が、当時この辺りを支配していた人間の大国を滅ぼすために、炎竜爪撃を放ったとあります。


 大国を滅ぼした炎竜は、他の地方に住む人間に、自分が眠る場所に近づいたら、今度こそ全人類を滅ぼすと脅かしてから眠ったとあります。


 何より問題なのが、写しの下の方に石板が作られた年があるのですが、計算したら、今年の秋に強大な炎竜が起きてしまうのです!


「よく知らせてくれた、よく神官を買収してくれた。

 ピエトロが神官から情報を集めてくれていなかったら、炎竜が目覚めた途端に滅ぼされてしまっていた。

 今なら本領地の民を移住させ、証拠の建物も破壊する事ができる」


「あれほど頑張っておられた殿下の成果を全て破壊されるのですか?」


「生きてさえいれば、やり直す事ができる。

 どれほど大切だとは言っても、人の命には代えられない」


「石板に書かれている事が嘘だったらどうなされるのですか?

 これまで築いてきたモノを全て破壊したのに、秋に炎竜が現れなかったら、殿下はどうなされるのですか?」


「伝承が間違いで、誰一人死ななかった事を喜ぶだけだ。

 それに全て伝承通りに起きる事はないと言っていただろう?

 竜だって寝坊する時があるかもしれない。

 五千年の寝坊が何年になるのかは分からないが、百年や二百年は気を付けておかないと、何かあった時に後悔する事になる」


「竜が眠りについたのが本当だったとしても、そのまま死んでしまったかもしれないのに、本当に本領地を捨てるのですか?!」


「ああ、捨てるぞ、父上と母上にご相談はするが、民の命には代えられないからな」


「何か私に手伝えることはありませんか?!」


「大丈夫だ、本領地に住んでいる人間だけなら、ゲヌキウス王国内で手に入れた領地だけでも、十分民を避難させられます。

 連邦で手に入れた領地をも考えれば、全住民に十分な農地も与えられますから、何の心配もいりませんよ」


「そうですか、私の心配は杞憂だったのですね」


「そんな事はありませんよ。

 先ほども言ったように、ピエトロが教都にある教皇専用の図書室の存在を掴み、炎竜の伝説を集めてくれていなければ、多くの民が死んでいました。

 心から感謝します」


「とんでもない事でございます!

 どうか頭をお上げください!」


「悪いですが、急ぎますので、御言葉に甘えさせてもらいます。

 礼に金貨一万内を渡すように言っておきます。

 俺はこれで失礼させてもらいますね」


「はい、お気になさらないでください。

 殿下が秋までと言わずに、今直ぐ移住を始められるのは分かっておりますから」


 俺はピエトロの言葉を背中に聞きながら部屋を出て行きました。

 見えない所まで離れたら、転移魔術で父上と母上の所に行かなければいけません。

 早急に移住をしなければいけないのです!


★★★★★★お知らせ。


 これで第2章の終わりになります。


 6月中は第9回歴史・時代小説大賞参加作「山田奉行所の支配組頭と伊勢講の御師宿檜垣屋」に力を入れているので、少し投稿間隔が空くかもしれません。

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