第53話:闇討ちと脅迫

 俺はアン姉上と共に敗走するブロデン大公王国軍を追いました。

 最初は大公王都の方に逃げていたのですが、強制徴募兵と思われる一団が続々と遅れ離脱し、最後には騎兵だけ千騎ほどが都市に逃げ込む状態でした。


 俺はブロデン大公王国を滅ぼす気もなければ奪う気もありません。

 百万もの民の命や生活を背負うのは重すぎます。


 ヴィルヘルム大公王が二度と手を出してこないように、心の奥底にまで恐怖を刻み込みたいだけなのです。


 馬鹿だから直ぐに恐怖を忘れてしまうかもしれません。

 逆に恐怖のあまり暴発する事もあるでしょう。


 ですが、周りにいる普通の人達が恐怖と絶望を覚えていれば、何としてでも止めようとしますので、刺客が送り込まれるような事は防げるかもしれません。


「どうやって恐怖を植えつける心算なのですか?」


 姉上の質問に答えるのは簡単です。


「都市の城壁を全て叩き壊します」


 俺は腹の底に力を込めて大声で叫ぶ準備をした。


「よく聞け、俺はヘレンズ侯国、マクネイア侯王家のフェルディナンドだ。

 ブロデン大公王国、ツォレルン大公王家のヴィルヘルムが、卑怯にも舞踏会で踊っている俺とアンジェリーナ侯王姫を殺そうとした!

 それも一度ではなく三度もだ!

 刺客の一人は、弱小侯王を脅して舞踏会場に入り込ませた騎士だ。

 残る二人は、シルソー大公王国、ロートリンゲン大公王家のロレンツォ殿下を暗殺するために調略した騎士だ。

 このような卑怯下劣な行為を許す訳にはいかない。

 報復にこの都市と城の城壁を全て破壊する。

 死にたくない者は直ぐに城門城壁から逃げるのだ。

 いいな、今直ぐ城門と城壁から逃げろ!」


 輓竜四頭と走竜四頭の八頭しかいませんが、中型の亜竜です。

 人間が造った城壁など簡単に破壊してしまいます。

 まして開閉するための城門など、障子紙のように破ってしまいます。


 走竜の尻尾で一撃された木製の城門が粉々になります。

 上にあった歩廊が崩れ落ちただけでなく、左右の塔が倒れてきます。


 輓竜が体当たりすると、腹の奥に響くような轟音を立てて城壁が崩れていきます。

 それでも本気でぶつかっていないので、城壁を突き破ることなくその場にいます。

 横に移動しては軽く体当たりを繰り返し、城壁を破壊し続けます。


「守備兵はちゃんと逃げたでしょうか?」


「全員と言う訳にはいかないと思います。

 ヴィルヘルムのような奴の家臣に中にも、誇り高い者はいるでしょう。

 真面目な性格の者もいるでしょう。

 そんな者は城門や城壁を護って死傷したはずです」


「憶病者や卑怯者が無事で、忠誠心の有る真面目な者が死傷したのですね。

 やりきれなくて胸が痛みます」


「俺も胸が痛みますが、これも傭兵や騎士の定めです。

 父上と母上だけでなく、古参の家臣達も、憎くもない相手を殺す事で金や食べ物を手に入れて、家族を養ってきたのです。

 俺達だけが手を汚さず、奇麗ごとを口にして生きる訳にはいきません」


「そう、でしたね、私達は傭兵の父上と母上に育ててもらったのですものね。

 同じように手を血で汚してでも、孤児や寡婦を助けないといけないのですね」


「覚悟が決まったら、姉上にも城壁を壊していただきますよ」


「分かっています、今直ぐやって見せます」


 アン姉上は言葉通り城壁を破壊されました。

 まだ守備兵が残っているかもしれないのに、完全に破壊されました。

 破壊する前に警告の言葉をかけましたが、逃げたかどうかは分かりません。


 俺と姉上がペアを組み、他の者達も二頭一組でペアを組みました。

 一頭でも無敵だと思いますが、油断するのは愚かなのでペアを組みました。

 四組で手分けして破壊したので、全ての城壁を破壊するのに一時間ほどでした。


「二時間後に都市の中に入る。

 民を殺す気はないが、偶然巻き込まれてしまう事もある。

 今のうちに都市から逃げろ。

 残っている者は、俺を狙う兵士として殺す!

 良いな、二時間のうちに逃げるのだぞ!」


「私達はこのまま待っているの?」


「いったん都市から離れて見ない所にまで行きます。

 地竜森林の近くに行って、この子達に食事をさせます。

 俺達もその間に食事と所用と済ませます」


「そう、よかった。

 手洗いに行きたかったのよ」


 俺と姉上は、ゲートを使って地竜森林近くに造った拠点に戻りゆっくりしました。

 ゲートや転移で戻った時に、安心して寛げるように設計されています。

 それは人間だけでなく輓竜や走竜にとってもです。


 今回の遠征に連れて行った輓竜と走竜は交代制にしています。

 八頭だけに辛い想いはさせられないので、毎日交代させています。

 俺達なら竜が入れ替わったのが分かりますが、普通の人には分からないでしょう。


 今もブロデン大公王国では交代の亜竜が草を食んでいるでしょう。

 都市人口三万人と言われている大公王都です。

 中には竜が去った方向に逃げてくる勇敢な者や愚かな者がいるでしょう。


 そんな人に、ゲートを使っている所や転移をしている所を見られるわけにはいかないので、人目のない内に交代させておいたのです。


 俺と姉上は所用を済ませ、食事をしっかり取ってからブロデン大公王国に向かい、城の城壁を破壊する事にしたのですが……


「フェルディナンド侯王殿下、私はツォレルン大公王家に仕える家宰で、ブロデン大公王国の大臣を兼務させていただいている、ジーノと申すものです。

 和平の条件を話し合いに参りました」


「ヴィルヘルム殿下はどうされました?」


「家臣が勝手にやった事でこのような事になり、心労で寝込んでおります」


「へぇ、そのような嘘が通用すると本気で思っているのですか?」


「信じられない話でしょうが、本当の事なのです。

 証拠として勝手に卑怯な刺客を送った家臣の首をお渡しいたします」


「自分の悪事を何の罪もない家臣に押しつけるのですね。

 のうのうと生き延びる気なのですね。

 そのような憶病で恥知らずな豚を放置する気はありませんよ。

 キッチリと報復させていただきますから、覚悟してください


「お待ちください、本当の事なのです、どうか信じてください!

 閣下が信じてくださるのなら、和平交渉妥結後にこの命を差し上げます!」


「豚を放し飼いにしかできないような、無能で無責任な家宰の命ですか?

 豚どころか野良犬の餌にもなりませんから、いりません。

 貴男が勝手に死んでも、ヴィルヘルム殿下がちゃんと出てきて、頭を下げて謝らない限り、和平には応じられません。

 犬死にしたいのなら、どうぞそこで死んでください」


 俺はそう言い捨てて、姉上を連れて先に進みました。

 卑怯で愚かな兵士が、家々の影から奇襲しようとしましたが、気配に敏感な中型草食亜竜の目を欺けるはずがありません。


 俺も事前に展開していた索敵魔法で気がついていましたら、家の壁を貫通するほどの破壊力を込めた指弾で皆殺しにしてあげました。


「ジーノと言いましたか?

 先ほどなんて言っていましたっけ?

 ヴィルヘルム殿下に無断で刺客を送った家臣は処刑したと言っていましたね?

 この闇討ちは誰の命令ですか?

 家臣の誰一人ヴィルヘルム殿下の、いえ、ツォレルン大公王家に命に従わず、勝手に他国の侯王を殺そうとするのなら、滅ぼした方が良いと思いませんか?」


「私です、私が殿下とツォレルン大公王家を想って独断でやった事です!

 殺すなら私を、滅ぼすなら我が一族を滅ぼしてください!」


「本当に貴男は最低の家臣ですね。

 他国の侯王に、忠臣とその一族を滅ぼすように唆すのですか?

 そのような貴男が家宰や大臣を務めているから、あのような愚物が大公王位に居座り続け、家臣や国民が塗炭の苦しみに喘ぐのです。

 本当に責任をとりたいのなら、その手でヴィルヘルム殿下を弑逆するのですね。

 その後で自裁して、踏み躙ってきた命に詫びるのです」


 俺はそう言ってその場を離れました。

 もう誰も襲ってきませんでした。


 大臣や大公王のために命を捨てられるような者は少数なのでしょう。

 いえ、忠義ではなく大切な人を人質に取られて仕方なく襲ったのかもしれません。


 そんな人達でも、戦場で敵として出会ったら殺さなければいけません。

 傭兵として生きていくのなら仕方のない事です。

 男爵家の嫡男であろうと、侯王位を得ようと、性根の部分は変わらないのです。


 城の城壁は都市の障壁よりも遥かに周径が短いです。

 城門も含めて全て破壊するのに十分もかかりませんでした。

 

「この期に及んで詫びる事もできない卑怯者なら、大公王だけを殺すのではなく、ツォレルン大公王家そのものを滅ぼすしかないのかもしれません。

 半時間だけ待ってあげます。

 その間にヴィルヘルム殿下に詫びさせなさい。

 罪を認めさせて心から詫びさせなければ、今日がツォレルン大公王家の最後の日になるでしょう」

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