第52話:報復

 昨日は散々な一日でした。

 身の程知らずな馬鹿の所為で、本当はやりたくない拷問を、一日の間に三度もやる事になってしまいました。


 二度目の刺客を舞踏会場で拷問している時に、刺客を殺そうとする愚か者が現れてしまったのです。


 まあ、そいつも捕らえて大公王達の前で拷問してあげました。

 最初は騎士の名誉を守る為に、同僚だった騎士を拷問などと言う非道な行為から助ける為だと言っていましたが、最後には本当の事を自白しました。


 家臣から二人も刺客を出したロレンツォ大公王の顔面は、蒼白でした。

 何度も頭を下げて詫びて来ましたが、ちょっと可哀想でしたね。


 ですが個人の感情は家の利よりも小さいのです。

 賠償はしっかりしていただきますが、それはもっと脅してからです。

 此方から請求する前に、進んで賠償したくなるようにして差し上げます。


「ディド、本当の戦争はこんなに簡単ではないよね?」


 敵が壊滅的な敗走をするのを見てアン姉上がつぶやきます。

 普段は母上の教育が行き届いていて、俺の事を殿下とか侯王と呼ぶのですが、あまりの事に昔の言い方をしてしまったのでしょう」


「はい、今回の勝利は、中型亜竜に恐れをなした強制徴募兵が逃げ出したからです。

 父上や母上が姉上達に話して聞かせておられたような、気高く優秀な傭兵や騎士の戦い方とは全く違います」


「そうよね、普通はこんな簡単に勝てる訳ないよね。

 こっちの方が、はるかに人数が少ないのだし」


 アン姉上の申される通りです。

 此方は俺とアン姉上を合わせても十人しかいません。

 それに対して、敵は家臣領民を根こそぎ動員して四万五千人です。


 遠征ではなく、領内に攻め込まれた防衛戦だから集められた人数です。

 領民百万人だと、遠征に出せる人数は多くても二万五千人です。

 普通なら一万五千人でしょう。


「敵が無理をして人を集めたからこそ、憶病な平民が数多くいたのです。

 普段剣を持たない平民が、後ろから中型亜竜に襲われたのです。

 その場に止まって戦えと言われても無理な話です」


「そうなのね、敵はその程度の事も分からない愚か者なの?」


「はい、愚か者ですが、同時に弱虫でもあります。

 弱虫だからこそ、正面から戦わすに刺客を送ってきたのです。

 大切な密偵をすり減らすような暗殺を繰り返させたのです。

 自分は城に籠って出て来ず、できるだけ城の遠くで撃退しようとしたのです」


「そんな愚かで気の弱い大公王に支配されている民は可哀想ね」


「はい、とても可愛そうですが、必要以上に情けはかけないでください。

 我が家には、百万もの民を養う力はないのです。

 適当に脅して謝らせる、名誉を保って賠償金を手に入れられればいいのです。

 ブロデン大公王国は、この強制徴募で農作業が極端に遅れるはずです。

 俺はできるだけ配慮しましたが、連中自身が農地を踏み荒らしました。

 間違いなく去年以上の大凶作になります」


「…‥民が本当に可哀想だわ。

 フェルディナンド殿下なら何とかしてあげられるのではなくて?」


「流石に無理です。

 俺がツォレルン大公王家を滅ぼしてブロデン大公王国を併合したら、必ずオピミウス大公国が攻め込んできます。

 そうなれば戦争で命が失われるだけではすみません。

 ブロデン大公王国だけでなく、オピミウス大公国まで大凶作になり、数十万人単位の人間が餓死する事になります。

 最悪の場合は、人が人を食べるような事態になります。

 それでも姉上は俺にブロデン大公王国を併合しろと言いますか?」


「ごめんなさい、戦いの素人が愚かな事を口にしてしまいました」


「いえ、姉上が悪いのではありません。

 ですが覚えていてください。

 旧教の連中は、神の教えや教皇の命令なら、敵はもちろん、家臣領民の命すら平気で奪うのです。

 先ほどは攻め込んで来る場合の事を話しましたが、正々堂々の戦争をせず、卑怯な方法で襲ってくる場合もあります」


「襲ってくるのに戦争ではないの?」


「はい、盗賊や山賊に偽装させた騎士団や強制徴募兵を送り込んで来るのです。

 百人程度の盗賊団を、何十も送り込んで来るのです。

 その全てを俺一人で迎え討てるわけがないのです。

 多くの村が襲われ、奪い殺されるだけではすみません。

 犯され奴隷にされる事でしょう」


「……私も父上や母上から色々と教えられてきたはずなのに、そのような事は全く思い浮かばなかったわ」


「我が家はずっと平和でしたからね。

 竜爪街道の領境では争いがありましたが、姉上達の居られた八の村は、卑怯下劣な手を使わない猛獣や魔獣だけが敵でしたから、思い浮かばないは仕方がありません」


「でも、そうとばかりは言っていられないわよね?

 今のところは、婿を取って領内に分家させてもらえる話になっているけれど、家の都合で嫁に出される可能性もあるのよね?」


「全く無い訳ではありませんが、まず大丈夫だと思いますよ。

 父上と母上はとても子煩悩ですから、少しでも危険なら嫁には出されませんよ」


「何時までも父上と母上に甘えてはいられないわ。

 まして弟の、殿下の足手纏いにはなれないわ!

 私を側に置いて色々と襲えてくれませんか?」


「危険な時はもちろん、忙しい時も駄目ですよ。

 もちろん、父上と母上の許可を取ってくださらないといけません」


「やった、ありがとう、殿下。

 父上と母上の許可は絶対に取って見せるわ!」


 報復戦争中に何をやっているのだと叱られるかもしれませんが、今回の侵攻に限っては全く危険がありませんでした。


 もちろん、暗殺の可能性には細心の注意を払いました。

 アン姉上が慢心しないようにしました。

 わざと刺客を間近まで来させてから取り押さえたのです。


 この戦争は、危険はないけれど、気を使わなければいけませんでした。

 心を痛めるような事も嫌と言うほどありました。


 俺達は略奪も殺人も行いませんでしたが、敗走したブロデン大公王国軍は、次々と村を襲ったのです。


 俺が一人の民も殺さなくても、ブロデンの民は激減していきます


 集団から逃れた強制徴募兵の一団も、大公王都に向かうのとは違う方向に逃げ、村々を襲って生き延びようとしました。


 そんな連中は、盗賊になって生き延びるのでしょうが、先の事を考える頭もなければ心もありません。


 農地を踏み荒らし、秋の収穫ができなくなる事など気にもしません。

 これからも多くの民が死ぬでしょうが、死者の数が足りません。


 それほど民が激減しても、これほど農地が荒らされてしまったら、生き残った民を養うだけの収穫はないでしょう。


「やっとブロデンの都が見えてきたわね。

 もうこれで刺客に襲われなくなるのね?」


 五日ほどかけてブロデンの大公王都に辿り着きました。


「それは無理ですよ。

 前にもお話ししましたが、ツォレルン大公王家は滅ぼせないのです。

 愚かで臆病なヴィルヘルム大公王は、生きている限り刺客を送り続けます。

 それが嫌だと申されるのでしたら、八の村にお戻りください。

 いえ、今母上は鉱山村に居られるのでしたね」


「刺客は嫌だけれど、勉強を止める気はないわ。

 実際に戦場に身を置いてよく分かったわ。

 私は父上と母上に甘やかされていたと。

 厳しく躾けられていると思っていましたが、全く違っていたのね」


「それが分かるくらい成長されたのでしたら、父上と母上の叱責を覚悟して、戦場にお連れした甲斐があります」


「ありがとう、全て殿下のお陰よ」


「姉に尽くすのは弟の務めですから、お気になさらずに。

 ですが、本当に大公王との交渉の場にまでついて来られるのですか?」


「ええ、殿下がどうやって敵を下すのか、この目で見て勉強したいの」


「吐き気を催すほど残虐な行為を見る事になりますが、良いのですね?」


「それも領地を治める者には必要な事なのでしょう?」


「哀しい事ですが、この国ではそうしなければ生き残れません。

 魔法が使える父上や俺でもそうなのです。

 魔法が使えないアン姉上だと、もっと厳しい状況に追い込まれるかもしれません。

 それを防ごうと思ったら、手段を選んではいられません」


「だったら、残虐非道な行為も飲み込むわ、連れて行って」

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