第41話:降嫁か婿取りか

「駄目だ、これほど急激に力を露にして地位を上げた我が家を見逃すほど、旧教徒の連中は馬鹿でも善良でもない。

 必ず悪辣非道な方法で我が家の力を削ぎ地位を下げようとしてくる。

 その時に真っ先に狙われるのは、他家に嫁いだ娘達だ。

 俺やディドが直ぐに助けに行けない他家だ。

 それに、家の為なら平気で嫁を売り飛ばすのが王侯貴族だ。

 絶対に他家に嫁に出したりしない。

 向こうがどのような好条件を口にしようと信用するな。

 領内の有望な若者に降嫁させろ」


「他家に嫁がせないのは賛成ですが、降嫁させるのも反対です」


「なに、嫁にやらない心算なのか?

 俺は別にそれでも構わないが、ディドが一生面倒見なければいけなくなるぞ」


「貴男、何を馬鹿な事を言っているのですか!

 ディドがそんな何の意味もない事を口にする訳がないでしょう。

 何か良い考えがあるのです。

 ちゃんと最後まで聞いてください」


 姉上達の行く末に関して話し合う場所には、母上も同席されました。

 王侯貴族は、娘や一族の娘の嫁ぎ先に関しては、当主が決めるのです。


 ですが、愛妻家の父上は、母上の意見を尊重されます。

 娘を慈しんで育てた母親の想いを、無碍にされる事は絶対にありません。

 だからこそ、この場に母上が同席され、強く意見できるのです。


「分かった、俺が悪かった、ディドには何か考えが有るのか?」


「はい、姉上達には降嫁してもらうのではなく、婿を取ってもらうのです。

 そうすれば、姉上達の配偶者は侯王家の者に成れます」


「う~む、流石にそれは難しいのではないか?

 娘達は表面だけ侯国の侯女として扱われるだろうが、心からではない。

 此方が婿を迎えたと言っても、旧教徒達からは認められないぞ。

 待遇を夫の地位にまで下げられるのは明らかだ」


「それはあくまでも向うの言い分です。

 此方が従う必要などありません。

 それに、向こうが嫁いだと言い張るのでしたら、姉上達の婿に爵位を与えればいいだけです」


「先ほどディドが言っていた侯国内爵位か?

 だがそのような爵位、どの国も無視して終わりだぞ」


「父上、カルプルニウス連邦三百侯国の中には、我が家と同じように、侯国内爵位を使いたいと思う国が必ず出てきます。

 そんな侯国と侯国内爵位を尊重し合えば、いずれ定着してきます。

 それに、ゲヌキウス王なら我が家の爵位を無視したりはしません」


「……確かに、我が家の謀叛を恐れるゲヌキウス王なら認めるかもしれないな」


「我が家の盟主であるゲヌキウス王が認めた爵位です。

 ゲヌキウス王国の貴族は無視できません。

 一国の王侯貴族が認めた爵位を無視するのは、戦争につながるほどの無礼です。

 旧教徒の国々も、表面上は最低限の礼節を保つはずです」


「う~む、外に嫁に出さないのは同じだから、俺としてはどちらでもいいのだが、あのお転婆共と結婚しても良いと言う奴が領内にいるかどうか……」


「貴男、あの子達も私達の娘ですよ。

 素敵な男性を見つけてくれると思いますわ。

 ただ、恋は盲目とも言います。

 侯王家に婿入りするのが目的のような者は認められません。

 貴男がしっかりと人柄を見極めてあげてください」


 母上が姉上達の事を心から心配されています。

 父上とは、戦友とも言える状態で恋愛結婚されました。

 だからこそ、姉上達にも自由に恋愛させてあげたい思いがあるのでしょう。


 ですが同時に、自分が陰でどのように言われているのかも知っておられます。

 男臭い傭兵達と肩を並べて戦い生き残って来られた母上です。

 貞操面で、聞くに堪えない陰口を言われ続けて来られたそうです。


 姉上達が同じような陰口を言われないように、普段から男性との同席には口煩いほどに気をつけられていました。


 それは恋愛を推奨する言葉と相反しています。

 しかしそれは母上が姉上達を心から愛しておられるからこその矛盾です。


「う~む、そうは言われても、家臣の多くは、皆同輩の女騎士や戦闘侍女と恋仲になっているからなぁ。

 今更あいつらを押し付ける訳にはいかんし、恋人もできないような奴ではなぁ」


「父上、見込みのありそうな人たちなら領内にいるではありませんか」


「うん、そんな連中領内にいたか?

 今言ったように、目ぼしい連中は結婚しているか恋人がいるぞ?」


「元侯王家だったロイス家の方々なら、教育も行き届いていますし、王侯貴族としての気概も持ち合わせています。

 何より、元から我が家にいる連中にはない、卓越した鍛冶技術があります。

 彼らなら不毛な場所でも、飲み水、燃料、原料を運び込む事で新たな村を築く事ができますから、姉上達に領地を分与する事ができます」


「いや、流石に何の基盤もない所に村を築かせるわけにはいかない。

 せめて水くらいは湧くところでないと、待遇が悪すぎる」


「しかし東竜山脈で水の湧く所となりますと、戦闘力のある家臣をある程度の配置しなければ、何時亜竜や魔獣に何時襲わられてしまうか分かりません。

 俺もできるだけ気をつけますが、絶対守り切れるとは言い切れません」


「もう外部への影響力拡大は十分だろう?

 亜竜軍団、特に闘竜達を東竜山脈に常駐させたらどうだ?

 そうすれば、はぐれ竜が村々を襲う事もなくなるのではないか?」


「そうですね、外部への影響を現状維持とするなら、闘竜を全て領内に置いておけますから、新しい井戸を掘って新村を作る事も可能だと思います」


「ではそうしてくれ。

 その上で、俺も確認するが、ディドから見て兄弟に向かえても良いと思える男を見極めなさい」


 母上を交えた父上との話し合いは、一部無駄になってしまいました。

 悪い意味ではなく、良い意味で無駄になったのです。


 ロイス家の人達は、俺が思っていた以上に優秀で、運も強かったです。

 我が家が長年探し当てられなかった鉱山を発見されたのです。

 それも、鉄鉱床を二カ所も発見されたのです!


 俺は魔力を惜しみなく使って新村を早急に造りました。

 鉱床の近くで水が沸く所、水源を探すのが少々難しかったです。

 しかも鉱床の影響を受けていない毒素を含まない水脈です。


 流石に鉱床の直ぐ近くという訳にはいかず、村から半時間は歩いて通わなければいけない場所に村を築く事になりました。


 元ヘレンズ侯王や侯子達、従兄弟や叔父甥などの適齢期男性を集めて、能力と気性を見極めつつ、新村開発に必要な物を用意しました。


 鉄鉱石から鉄を取り出すための高炉が必要になります。

 高炉は俺の魔術で耐熱煉瓦から完璧に創り出しました。

 取り出した鉄を鋼鉄にする設備や鉄器を作る設備も魔術で造りました。


 最初の鉄は、高炉を使わずに俺の魔術で鉄鉱石から取り出しました。

 ロイス家の人達にも得て不得手があります。


 刀鍛冶として優秀な人に、高炉の仕事をやらせるのは時間の無駄だからです。

 突出した鍛冶職人には直ぐに生産に入ってもらいたかったのです。


 俺は雑用を任せる人間を急ぎ集めました。

 計画が狂うだけでなく、自分の言葉を否定する事にもなりますが、農民にすると言っていた者達を連れてきました。


 彼らには鉱夫として鉄鉱石を掘り出してもらわなければいけません。

 掘り出した鉄鉱石を村まで運んでもらわなければいけません。

 高炉で銑鉄を造り、更に精錬を行う時の雑用をしてもらわなければいけません。


 そういう意味では、よく大量の貧民を受け入れておいたと思います。

 もし受け入れていなければ、鉄鉱石の掘り出しや、鉄鉱石から鉄を取り出す作業、銑鉄から精錬まで、全て俺の魔術でやっていた事でしょう。


 ですがそんな事をしてしまったら、技術を持つ家臣領民を育てられません。

 いえ、もう全ての領地を併せたら、家臣領民が五万人を超えているのです。

 侯国王位を持っている事ですし、家臣国民と言うべきですね。


 平均的な侯国の人口は三千人前後です。

 人口五万人なら、侯国の中では大国と言ってもいいのです。


 二つの鉱山は元侯王と嫡男が村長となって統治すべきなのですが、こちらにはこちらの思惑があったので、しばらくは此方から騎士を代官として送り込みました。


 父上も俺も頻繁に助力に訪れ、鉱山開発と村造りに汗を流しました。

 同じ釜の飯を喰った仲間と言う言葉があるように、わだかまりの有った一部のロイス家の人達とも、ある程度仲良くなれたと思います。


 後々問題が起きないように、鉱山開発と新しい村造りは、どうしても腹を割って話さなければいけませでした。

 その中には、姉上達の婿取り話もありました。


 その結果、二つの村の村長は既婚者以外から選ばれる事になりました。

 何人かの候補が選ばれ、姉上達とお見合いをする事になりました。

 あのお転婆姉上達を気に入ってくれればいいのですが……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る