第15話:行商人ピエトロ

「フェルディナンド公子、初めてお目にかかります。

 マクネイア男爵閣下に出入りをお許しいただいた、行商人のピエトロと申します。

 以後宜しくお願い申し上げます」


「丁寧な挨拶ありがとう。

 わざわざこのような僻地にまできてくれたのは何故だい?

 竜種を始めとした地竜森林の素材なら、東砦で買えるだろう?」


「残念ながら、男爵閣下に竜素材は売れないと言われてしまいました。

 フェルディナンド公子が新たな発明をされたそうですね?

 その発明品を売っていただけないでしょうか?」


「申し訳ないが、我が領地を支える大切なモノだから、売れない」


「そこを何とか売っていただけないでしょうか?

 できる限り高値で買わせていただきますので、お願い致します」


「発明品は売れないが、素材なら売らない事もありません」


「ありがとうございます。

 これまでの二割、いえ、三割高く買わせていただきます」


「三割高く買ってくれるのはうれしいですが、それだけではダメですね」


「他にも条件があるのですか?」


「はい、当然です。

 ピエトロに竜素材を売るという事は、大型竜を狩れる武器が作れなくなるという事なので、三割程度の値上げでは売れませんよ」


「発明品は武器なのですか?!」


「どのような武器かは言えませんが、かなり強力な武器です。

 大型竜を狩れるだけでなく、人間相手にも力を発揮してくれます。

 家臣を盗賊に偽装させて送り込んで来るような、卑怯下劣な王侯貴族を思い知らせるのにもいい武器なのです。

 その武器を造れる素材を売るのですから、代価はとても高いですよ」


 ピエトロという行商人がただの商人だとは思えません。

 いくら竜素材が手に入る有望な領地だとは言っても、多くの王侯貴族に睨まれている領地に来るのは、とても危険が多いのです。


 これまで誰も近寄らなかった領地に、この時期にやってきたのです。

 入り込んでいる密偵の情報を受けてやってきたと思うべきです。


「そうですね、男爵閣下を邪魔に思っている者の手に渡れば、同じ強力な武器が作れてしまうかもしれませんからねぇ」


「分かっているなら、高くなるのは当然でしょう?

 危険を飲み込んで売るのですから、それに相応しい代価を要求するのは当然です」


「分かりました、できる限り協力させていただきます。

 公子は何を望まれているのですか?」


「なんだと思いますか?」


 さて、ピエトロはどれくらいの情報収集能力と分析力を持っているのでしょうか?

 敵の手先であっても、上手く利用できるかもしれません。

 どれくらいの能力なのか確かめないとね。


「男爵閣下が、寒冷な荒地でも育つジャガイモを手に入れられた事は知っています。

 今回の長期買い出しでも、塩だけでなく、駱駝という砂漠でも生きられる家畜を買ってこられた事も知っています。

 それらから考えると、砂漠でも飼える新たな家畜、砂漠でも育てられる新たな作物を求められているのでしょうか?」


 密偵から手に入れた情報でしょうが、よく知っていますね。

 もし敵の手先でないとしたら、相当な遣り手でしょう。


「凄いですね、男爵家が求めている物をよく分かってくれています。

 その通りですが、手に入れられますか?」


「絶対に手に入れられるとは言い切れませんが、不可能とも言いません。

 時間はかかるでしょうが、商人間の情報網を使えば、可能性はあります。

 ですが、多くの商人を頼るとなると、代価が高くなります。

 竜素材を売っていただける利益よりも大きくなった時に、補填していただけるのでしょうか?」


 商人としては当然の要求ですね。

 経費の確保は最低限必要な事ですからね。

 ですが、こちらとしてはできるだけ安く手に入れたいのです。


「物に寄りますね。

 金貨百枚や二百枚を支払ってもいいくらいのモノもあれば、金貨一枚の価値のないモノを、良い物だと押し付けられても困ります」


「困りました。

 はっきりと、このような物と言っていただければ、こちらとしても探しやすいのですが、ぼんやりとした条件では、これではなかったと言われた時に困ります。

 ちっぽけな行商人とはいえ、私も商人です。

 損をするような約束はできません」


「商人としては当然の言葉ですね。

 だったら物と代価をはっきりさせましょう。

 これからどのような植物を集めて欲しいか、どれくらいの代価を払うか言います。

 その条件で探してください」


「分かりました、お聞かせください」


 俺はできるだけ詳しく欲しい植物の情報を伝えました。

 同時に、間違いやすい似た食物についても教えました。

 後で問題になりそうなことは、できるだけ事前に話し合わなければいけません。


 俺がどうしても欲しいと思ったのは、甘味です。

 砂漠でも育てられる甘味植物が欲しいのです。

 端的に言えば、砂糖の材料になる植物が欲しいのです。


 1つは砂糖黍、これが一番有名ですが、家では作り難いでしょう。

 2つ目は砂糖大根、これが一番家に合っている気がします。

 3つ目が前世のラノベで知った砂糖蜀黍。

  砂糖黍の前に砂糖作りに利用されてきたと書いてありました。

 4つ目が砂糖楓、メイプルシロップとして利用される事の方が多いですね。

 5つ目が砂糖椰子、熱帯の被子植物ですから、家には向きませんね。


「これだけですか?」


「いえ、他にも欲しい物は沢山あります」


「それもどのような物か説明していただけますか?」


「はい、報酬に幾らお支払するかも含めて話させていただきますよ」


 俺は次に玉蜀黍の事を説明した。

 品種改良されたとても甘くて美味しいスイートコーンが欲しい訳ではない。

 原種が育った条件、高温で日照の多いというのが炎竜砂漠と同じ気がするのだ。


 鹹水を淡水化した真水を使って炎竜砂漠で育てられる穀物があれば、地下水脈の下流という限られた条件ではありますが、水を運ぶ込むことなく砦を運営できます。


 それは、いつ全旧教徒とホープ教皇を敵に回すかもしれない我が家にとって、絶対に敵がやって来られない場所に隠れ家を手に入れる事になるのです。


 玉蜀黍以上に可能性があるのがソルガムです。

 前世ではアフリカ原産の穀物で、北アフリカやインドの乾燥地帯に住む人々の主食になっていました。


 仙人掌にも期待しています。

 乾燥、塩分、高温、強光に強い植物ですから、鹹水から塩と真水を作る砦だと、塩分に強い植物が大切です。


 同じ理由で、棗椰子も探し出して欲しい植物です。

 デーツがなる常用の高木です。

 実しか使えませんが、美味しい果物が手に入ると考えれば必要な植物です。


 同じ果実が取れる高木で言えば、バオバブも大切です。

 おっと、とても大切な事を忘れていました。


 地竜森林を失った我が家が、標高の高い場所の野木を伐採できなくなった場合は、棗椰子とバオバブだけが材木の原料になってしまいます。


 燃料は太陽光や耕作物の茎、最悪の場合は家畜の糞を使えます。

 ですが、どうしても材木が必要な場合があるのです。

 全く材木を使わずに家を立てるのは難しいのです。


 後、手に入れる事ができたら生活が豊かになる植物があります。

 それはアラビアゴムの木です。

 名前通り、ゴムが取れる木です。


 ゴムが手に入れば、もの凄く生活が便利になります。

 前世の道具を色々と再現できるようになります。

 それに、油が搾れますので、石鹸を作る事もできるのです。


 恐ろしく乾燥した砂漠なので、どうしてもお風呂に入りたくなるわけではありませんが、前世の記憶が鮮明に蘇った時には、入りたくなる事があるのです。


 飲み水にすら困る我が家では、お風呂はとてつもなく贅沢なのですが、農業用に使う水なら、身体を清潔に保つために使う事が許されます。

 

 蒸発し難い時間である事と、植えた食物の根が日中の熱で煮られないようにしなければいけませんが、用途と時間を厳格に守れば風呂用に使えました。


 今では飲み水にも農業用水にも余裕があります。

 食料である農作物に悪影響がないのなら、石鹸を使う事ができるのです。

 この世界の石鹸は自然由来物だけですから。


 同じ利用法では、ナンヨウアブラギリも有望だと思います。

 前世と同じなら種子に毒を含んでいるのですが、使い方が難しいですが、石鹸や蠟燭を作れますし、燃料としても使えるかもしれないのです。


「分かりましたか、百株で金貨五百枚を支払います。

 種の場合は、芽が出て本物と確認できた時点で支払います。

 どれでもいいので、できる限り集めて来てください」


「前金はいただけないのですか?」


「まだ何の実績もない行商人に前金は支払えません。

 前金が欲しければ、それだけの実績を積んでください」


「分かりました。

 男爵閣下と公子のご期待に応えられるように頑張ります」

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