第14話:挿し木と接ぎ木と無謀

「ディド、本当にこんな事ができるとは思ってもいなかったぞ!

 初めて話を聞いた時には、幾らディドの言う事でもできる訳がないと思ったのだが、こうして実際にできてしまうとはな!」


 父上に初めて接ぎ木をやって見せた時の言葉です。

 この世界にも挿し木の技術はありました。

 ですが、接ぎ木の技術はなかったのです。


「父上にご覧いただく前に、山の野木や野草で挿し木と接ぎ木を試してみました。

 厳しい環境で生き残っているだけあって、どの野木も野草も生命力が旺盛で、地竜森林に生えている野木や野草よりも、挿し木が成功する確率が高かったのです。

 それに、今生えている場所よりも低い場所でも、水さえ与えれば簡単に移植できる事も分かりました」


「そうか、だったら、これまで作っていた穀物や野菜よりも簡単に、家畜の餌にできる野木や野草を人手を掛けずに増やせるという事だな?」


「はい、父上が新しい井戸を掘ってくださったので、農業用水には余裕があるのですが、残念ながら人手がありません。

 人手が掛からない野木や野草を勝手に生やすのが一番かもしれませんが、それだと危険も覚悟しなければいけません」


「高い場所に住んでいる魔獣や猛獣が、野木や野草を食べに下りてくる危険だろう?

 だがそれは、猟師が狩る事で回避できるのではないか?

 確かに亜竜や赤茶熊、或いはそれ以上の竜種が下りてきた場合は危険だろう。

 だがディドが作らせた竜素材の合成強弩がある。

 使える者は限られているが、あれさえあれば大抵の魔獣は狩れるだろう?」


「その通りなのですが、できるだけ危険は避けたいのです。

 それと、できる事なら全て管理しておきたいのです」


「ディドが全て管理しておきたいという気持ちは分かるが、人を完璧に管理する事など不可能だ。

 無理にやろうとしたら反発されるだけだぞ」


「人まで管理できたら一番良いのですが、それが嫌われる事なのは分かっています。

 ですが、野木や野草だけは管理したいのです」


「全て、ディドが成し遂げた事だ。

 畑に植える野木や野草の管理くらいなら、好きにすればいい。

 それで、どのように管理したいのだ?」

 管理とは言っても、どのような野木や野草を植えるかの決定か?」


「いえ、野木や野草を植えるのではありません」


「さっきと話が違うではないか」


「違うのではなく、管理したい事が違うのです。

 植える野木や野草を管理したいのではなく、試す技を管理したいのです」


「技だと?」


「はい、先ほど褒めてくださった技術、接ぎ木と挿し木を使うのです」


「どうするのだ?」


「最初に山に適応した野木を挿し木で大量に増やします」


「ふむ」


「挿し木で増やした野木の根が十分張った頃を見計らって、桃、栗、胡桃、銀杏、柘榴、柿、葡萄、林檎、梨、オリーブなどの果樹が接ぎ木で育てられるか試します」


「そんな事ができるのか?」


「分かりません。

 ですが、挑戦しなければ何もできません」


「そうか、だったらやってみるがいい」


「ありがとうございます」


 父上の許可を貰った俺は、寝食を忘れるほど頑張りました。

 酒造りとは違って、興味のある事なので熱中してしまいました。

 それこそ、毎日護衛騎士をまいて山に登るほどでした。


 少し高い所に生えている野木や野草を試すだけでなく、標高7000メートル以上の場所にある、とても貴重な草本群落の野草も試しました。


 一の村から八の村がある範囲、120キロにも渡る山の上部を調べました。

 それで分かったのは、場所によって森林限界が違っているという事です。


 感覚で測っているので正確ではないのですが、標高5000メートル付近までは高木の針葉樹が生えている場所がありました。

 炎竜砂漠から離れている分、普通の森よりも植生が豊かだと思えるほどでした。


 そう言う場所でも、標高5000メートルを超えたあたりからは、矮小に変化した針葉樹が点在するように生えています。


 矮小な針葉樹は標高7000メートル付近まで生えているのですが、それよりも高い場所になると、野草しか生えなくなります。


 場所によって森林限界が違う理由は、想像でしかないのですが、炎竜砂漠にどれだけ山脈が張り出しているかだと思います。


 山脈なので、尾根の部分もあれば谷の部分もあります。

 炎竜砂漠の影響で表層に水は流れていませんが、地下水脈が生きている場所があるのは、父上が井戸を掘りあてられた事で明らかになりました。


 山の厚みや高低差の影響で、標高4000メートルが森林限界の場所もあれば、標高7000メートルの場所が森林限界の場所があるのでしょう。

 

 実際問題、我が家が村を築いた標高3000メートル付近が、逆の意味での森林限界になっていると思われます。


 標高3000メートルよりも低い場所に野木はありませんが、僅かに乾燥に強い雑草は生えているのです。


 地下水脈と植生だけを考えれば、標高5000メートル付近にある盆地に村を築くのが一番耕作に適しているかもしれません。


 昼夜と季節の寒暖差が激しくて、今我が家が作っている農作物がそのまま耕作できるかを試さなければいけませんが、豊かに実る可能性はあります。


 ですが、どうしても解決できない問題があるのです。

 それがあるので、父上へ提案するのを諦めました。


 どうしても解決できない問題とは、飛竜と亜竜、魔獣と猛獣でした。

 東竜山脈の標高5000メートル辺りは、恐ろしく魔素が濃いようなのです。

 地竜森林と同じように、竜種や魔獣種が高密度で生息していました。


 彼らが標高の低い場所に下りてこないのは、魔素が濃い場所でしか生きていけないからでしょう。


 地竜森林の奥深くと同じように、とてつもなく強大な竜種や魔獣種が住んでいるようで、俺でさえ命からがら逃げださなければいけませんでした。

 とても普通の人間が住めるような場所ではありません。


 父上が炎竜砂漠と東竜山脈に砦と村を築く事にされたのと同じ理由です。

 当時父上は、水も植物も豊かな地竜森林内に開拓村を築こうとされました。

 ですが、少なくない戦友を失う事態となり、断念されたそうです。


 父上は最終的には何事も腕力で解決しようとされますが、愚かではなく、先人や友人に助言を求める謙虚さもお持ちです。


 だから、いきなり保護した女子供や全ての傭兵を連れて、地竜森林に入るような愚かな行動はされませんでした。

 十分戦える傭兵の生き残り、その半数だけを連れて地竜森林に入られたのです。


 結果は散々なモノだったそうです。

 何者にも代えがたい戦友を幾人か失ってしまったそうです。

 その当時は、まだ竜を狩れるような武器の開発もできていなかったそうです。


 今なら、二十四時間交代で警備を行えば、砦の部分だけでなく、開拓民の居住区域も守り切ることができるでしょう。

 家畜を守り、限定的な牧畜も可能でしょう。


 今それをしないのは、地竜森林外に拠点を設けた方が安全で効率的だからです。

 日中の間だけ地竜森林に入って、危険な夜間を竜爪街道に築いた砦や居住地で過ごす方が、誰も死なせる事なく地竜森林の資源を利用できるからです。


 その前例を知っているからこそ、父上に東竜山脈の高標高地域への開拓村計画を提案しなかったのです。

 それよりは、このまま低標高地域の開拓を進めた方が安全なのです。


 ただ、自分のやった事を隠しはしません。

 全て正直に報告します。


 俺が危険なマネをしていた事も正直に話して、今後の方針を話し合いたいのです。

 父上が地竜森林で行われた手法を繰り返したいのです。


 東竜山脈の高標高地帯にある資源を有効利用して、低標高地帯にある村や砦の開発に利用したのです。


「馬鹿者!

 もう二度と危険なマネをするな!」


「はい、申し訳ありません。

 もう二度と勝手にやりません。

 今後は必ず父上に相談してからやります!」

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