第十話  『怪異退治』

「滝谷…………」

「宗、お前こんなところで何してんだ? それにその子は――――」


 滝谷は訝しむような視線で僕と僕の抱えた少年を交互に見やる。

 その視線に僕はこの状況をどう言い訳しようかと必死に思考を巡らせる。


「滝谷こそこんな時間に何してんだよ」

「俺か? 俺はほらいつもの散歩だよ。最近この辺で行方不明者が多いって

 聞いたからな」

「そうか――――」

「それで、お前こそ何してんだよこんなところで」

「それは…………」


 普段なら気心の知れた友人である滝谷だが…………予想外のエンカウントに

 上手く思考がまとまらず言葉が見つからない。


「――――言いたくないならいいよ。それよりもその子随分とぐったりしているが

 病院にでも行くのか?」

「滝谷、頼みがある」

「なんだよ?」

「この子を京条寺まで連れて行ってくれないか?」

「あ? なんでだよ?」

「頼むこの通りだ」

「おいやめろって、こんなところで頭下げんなよ。恥ずかしいだろ」

「頼む――――」


 僕を立ち上がらせようとする滝谷に抵抗するように頭を下げ続ける。


「…………」

「…………だー分かったよ! 行けばいいんだろ行けば!」

「ありがとう滝谷」

「でもなんでお寺なんだよ。病院じゃなくていいのか」

「いいんだ」


「…………」


「もしかしてオカルトか?」

「ああ」

「――――」


 そういうと滝谷は色々と察したのか「ふぅ」と肩の落とす。


「そういうことならいいだろう。だが今度ちゃんと説明してもらうからな」

「ああ」


 そうして少年を滝谷へと託す。

 滝谷は少年を抱えると大通りへと出てタクシーへと乗り込んだ。


 その様子を見て僕も深い息を吐きだす。


「(滝谷には悪いが、ここを通った知り合いがアイツで助かった。

 オカルトに一家言あって信用できる。あの子も滝谷が一緒なら大丈夫だろう)」


「(…………とはいえこんな勝手なことをして高梨さんには怒られるかも

 しれないな。けれどやっぱり僕には彼女を一人置いていくことはできない)」


 振り返り再び橋の上にある歩道の入口に立つ。

 そこには来た時と同じく未だ境界特有の揺らぎが見て取れた。


「ここからもう一度境界の中に入れるはずだ」


 高梨さん曰く霊力があり侵入する意思があれば入れるという。

 なら怪異が見える僕も霊力があるはずなのだ。


「いくぞっ」


 ゆっくりと境界に向けて先程の感覚を思い出しつつ右手を近づける。

 すると水面を超えるように僕の腕が境界を超える。


「高梨さん!」

「天寺くん!?」


 僕の再登場に狼狽する彼女を余所に僕は高梨さんの元へと移動し合流する。


「あの少年は!」

「信頼できる奴に預けてきた」

「知ってる人?」

「クラスメイトの滝谷だ。大丈夫、あいつならちゃんと京条寺に向かってくれる」


「…………言いたいことは色々あるけど、とりあえず今は一つだけ。

 どうして戻ってきたの?」

「君を助けに」

「ははっ、面白い冗談ね。けど正直有難いかも――――」


 見るに高梨さんはかなり消耗している様子であり、

 体中切り傷らしいものが多く見受けられる。


「情けないわよね。君を守るはずの私がこの有様なんて」

「そんなことないよ。高梨さんは十分役割を果たしてると思うよ。

 けれどやっぱり僕は守られてばかりじゃいやだ。足りない部分は補っていきたい」

「ふふっ、言うわね。けど気に入ったわ」


 三度空中を泳ぐようにしてクルクルと回転し浮遊する羅霧魚を見つめる。


「今度は僕があいつを誘導する。高梨さんは隙を見て一気に奴らを倒してくれ」

「簡単に言ってくれるわね。けど分かったわ、任せて」


 そうして仕切り直して怪異と対峙する。


 そして作戦通りに僕はまず羅霧魚の一体を引き付けるために橋の上を走りだす。

 正直、作戦の立案者である僕からしてみてもこの作戦はかなりザルだ。

 特に怪異を引き付けている間、僕は高梨さんの守備範囲からかなり外れる為、

 自分の身は自分で守らなければならなくなる。


 一応、八雲さんから貰った超強力な御守りがあるとはいえ、

 その効力は精々御守りを付けた右手とその周辺に限られる。

 元より怪異除けのものだ。

 実際に怪異に触れて戦闘に使う方がおかしいのだが――――


「(とりあえず右手意外に直撃すれば軽く死ねるな)」


 橋の上を広く使い、飛んで跳ねては時折突っ込んでくる怪異の攻撃を

 右手で防ぐ。その間も視線の端で高梨さんの動きを観察する。


「(――――くー。少しでも判断を見すれば死ぬなこれ!)」


 羅霧魚はその特性からか見た目通り霧の中をスイスイと泳ぐように移動し、

 そのスピードはとても速い。

 動体視力に自身がある僕とて逃げながら目で追うのでやっとだ。


 しかしその甲斐あってかすぐにチャンスは訪れた。


「高梨さん、スイッチ!」

「ッ!!」


 掛け声とともに僕と高梨さんの位置を入れ替える。

 走りながら突っ込んできた僕を避けるようにして彼女は姿勢を反転。


 僕を追いかけてきた怪異を真っ二つにする。

 同時に高梨さんを相手していたもう一体を僕の右手でガード。


「伏せて!」


 そして直後、その勢いのままにもう一体の方の怪異も祓ってみせる。

 ボトリと怪異の死体が地面へと落下し、徐々に灰状になって消えていく。


 それを見て僕はへたりと地面の上へ座り込む。


「終わった…………?」

「えぇ。間違いなく祓えたわ」

「そう――――」


「ふぅー、これであの怪異による被害は無くなったんだね」

「そうね。貴方のおかげよ天寺くん、ありがとう」


 そういって高梨さんはこちらに手を差し伸べる。

 怪我の具合から見て彼女の方が重傷者なはずなのだが、

 それでも彼女は気丈に振る舞い、こちらを気遣う余裕すらある。


「すごいね、高梨さんは」

「そんなことないわよ。それよりも早くここを離れましょう。

 時期に境界が崩壊するわ」

「そうだね。境界が解けていきなり道路の真ん中に放り出されても困るしね」


 そうして彼女の手を取り立ち上がると二人その場を後にするのだった。

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