第八話 『次なる現場へ』
その日の放課後、僕は高梨さんに連れられ例の廃墟ビルへと訪れていた。
廃墟は薄暗い路地の途中にあり窓や扉はすでになく、あるのは野ざらしにされた
コンクリートの建物だけだった。
「ここが廃墟か」
「随分長い間放置されてたみたいね」
薄気味悪い雰囲気を前に二人して建物を見上げる。
「な、なあ本当に入るのかここ」
「ええ、調査ですもの」
「そういうのって霊感とかで分からないものなのか?」
「霊感というより、私たちは霊力って呼ぶわ。それに怪異がいるかどうかは
見ただけでは分からないわ。とはいえ穢れの量や濃さでなんとなく
予想はつくけど」
彼女の説明を聞き、ふと疑問が頭をよぎる。
「そういえばさっきも穢れ?っていってたけどそれって何なの?」
「ああ言ってなかったかしら。天寺君が見えている黒いもの。それは多分
街に溢れている悪い気であるところの穢れだと思うわ。今も少し目を凝らせば
視えるはずよ」
「ほう」
彼女に言われるがまま、僕は廃墟に向け目を凝らしてみる。
すると最初はぼんやりと感じられていたものが、よりはハッキリと鮮明に
見え始める。それはまるでコールタールのように黒く、粘々とした物体と
なって現れた。
「――――これが穢れ」
再びビルを見上げる。
するとその穢れと呼ばれるものは、ビル全体にびっしりと付着していた。
その光景に、「あっこれ見えない方が良かったな」と少しばかり後悔した。
「これなんかすごい広がってるけど、大丈夫なの?」
「恐らく建物が穢れ初めて相当時間が経ってる。かなり危険な状態と考えて
間違いないわ」
「…………」
「…………」
「一応確認させてもらうけど、これって危険な仕事じゃないよね?」
「そのはずだけど。ともあれ心配しないで。何かあっても私が
あなたを守ってあげるから」
そうして高梨さんは以前のように刀の入った袋を肩に掛けつつ、
建物の中へと足を踏み入れる。それを見て僕の中へ。
建物内は路地から見るよりも一段と暗く肌寒い。
日が落ち切っていないのでライトを照らすほどではないが、
穢れのせいもあってか余計に暗く感じる。
加えて雨風に晒された内部は、あちこちボロボロになっており、
湿気が籠っているのも相まって足元も滑りやすくなっていた。
「天寺君、平気?」
「うん。なんとか」
高梨さん慣れているのか足早に先へと進み、時折僕のことを機にかけるように
振り返る。
「慣れないうちは焦ることはないわ。こういうところでの一番の危険は
やっぱり事故だからね」
「――――気を付けるよ」
そうして一階から二階。二階から三階へと移動。
道中、高梨さんが警戒した様子を見せるも特段何ということもなく、
無事に最上階である五階へと到着する。
「あったわ」
そう呟く彼女の視線の先には、道中では見かけなかった程の穢れの塊が
部屋の隅で密集し渦を形成していた。
「これは?」
「穢れの中心」
彼女はそう答えると薙刀を取り出し、穢れの中心へと躊躇なく突き刺した。
一瞬、その勢いに霧散したかに思われた穢れは、次の瞬間には跡形もなく
消えていった。
「浄化完了?」
「えぇ、あとは塩撒いて、再発防止の為にお札を貼って予防すれば終わりね」
「意外とあっけないものだったね」
「でしょ? 祓屋って案外地味な仕事なのよ」
なんて話をしつつ、僕もまた塩撒きやお札貼りを手伝い、初日の仕事は終了した。
「ふぅ、お疲れ様」
高梨さんは然程、掻いてない汗を拭う振りをし息をつく。
その様子にちょっとした肩透かし間を食らいながらも僕もまた「ふぅ」と
小さく息を吐く。
「そういえばサッカー部の奴らは大丈夫なんだろうか」
「ここに怪異はいなかったから、ただ穢れに当てられて体調を崩しただけ
でしょうね。数日もすれば元に戻るでしょう」
「そっか。それならよかった」
それを聞き、誰も僕のように怪異に怯えていなくて良かったと、心から安堵した。
するとその様子を高梨さんは不思議そうに見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ、なんというか、天寺君って存外心配性なのね」
「そうかな――――?」
「ええ。私、もっとクールな人だと思ってたわ」
褒めているのか貶しているのか――――人によっては暗に馬鹿にしているような
セリフにも捉えられるが…………。
まぁ、高梨さんだ。
純粋に思ってることを口にしただけで別に他意はないだろう。
「誉め言葉として受け取っておくよ」
そうしてやるべきことを終え、二人で建物を出た瞬間。
不意に高梨さんのスマホに着信が入る――――。
高梨さんとの初仕事を終え、ビルを出た直後。
彼女のスマホに一見の着信が入る。
「ごめんなさい天寺君、少し待ってて」
彼女にその場で待つように指示され、僕は彼女の電話が終わるのを待つ。
「はい――――はい、ですが、はい、分かりました」
電話を終え高梨さんは先程の明るい表情とは打って変わり、深刻そうな顔をして
戻ってくる。
その表情の変化にさすがの僕も何かを察し、彼女に問いかける。
「何かあったの?」
すると彼女はとても言い出しづらそうにして答える。
「天寺君、ごめん。今、丁度緊急の依頼が入ったの」
「緊急って、もしかして怪異退治の?」
コクッと高梨さんは頷く。
「既に一般人にも被害が出てるみたいで、私は今からその応援に
向かうけど――――」
「僕を一人にはできない?」
「うん」
その答えに僕はすべてを察する。
つまり、高梨さんは怪異を退治する為に現場へ急行したい、と。
しかしそうすると八雲さんからの指示である僕の監視ができなくなる。
普段なら何の問題もないが、今は穢れの除去をした帰り道。
僕の身に何らかの影響が出るか判らないうちは、下手に離れる訳にはいかず、
かといって夜の学校の一件以来、怪異に対しトラウマを抱いている僕に対しても
易々と付いてきてほしいとは頼めない。そう思っているのだろう。
「(やっぱり高梨さんは優しいんだな)」
その優しさ故に、彼女は祓屋として困っている人を放ってはおけない
はずなのに、それでも尚、僕の身を案じてくれている。
僕にはその優しさだけで十分、救われた気持ちになった。
「僕も一緒に行くよ」
「え、でも」
言い淀む高梨さんの言葉を遮り、二の句を続ける。
「大丈夫。僕には八雲さんの御守りもあるし、高梨さんが守ってくれるなら
危ないことはない。そうでしょ?」
「それはそうだけど――――」
未だ引っ掛かりのある言葉を飲み込み、彼女は目を閉じ思案する。
「分かったわ。では天寺君、急ぎましょう」
「ああ」
そうして僕たちは、初仕事を終えて間もなく。
次なる仕事先へと向かうこととなったのであった。
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