第二話 『邂逅』
忍び込んだ夜の学校は予想通り、昼間とはまた違った雰囲気を醸し出し
侵入者を迎え入れる。校内には電気は非常灯を除き全て切られていて
光源は遥か上空にある雲間から見える月明かりのみとなっている。
「高梨さーん?」
僕は小さく彼女の名を読んでみるが反応はない。
旧校舎には鍵が掛かっていて人が入れるようなところもないので、
僕はそのまま普段使っている方の校舎に向かう。
薄暗い外廊下を抜け、正面校舎の前に出てきたはいいがそこにも彼女の
姿は見当たらない。どうやら完全に見失ってしまったようだ。
「仕方ない、今日は帰ろう」
そう思って僕は踵を返す。
「!?」
がその瞬間、僕は今まで感じたことのない寒気を背筋一杯に感じ咄嗟に振り返る。
しかしそこには何もいない。
そう思いたかったが現実は無情にも僕の期待を裏切った。
振り返るとそこにはさっきまでなんの変哲もなかったグラウンドが蠢き、
中心に砂嵐を発生させていた。そしてそれは徐々に大きさを増し円形から
その見た目を与えり立体的に変化させていく。
逃げないと!
そう直感的に感じ取ったのも束の間。僕の足は何かにもつれ体制を崩される。
「なっ!」
視るとそこには大きな蛙とも言うべき化物が舌を伸ばし、僕の足を掴んでいた。
「なんだこいつ!」
僕は必死にその蛙の舌を足から引き剥がそうとするが、表面がヌメヌメして
いるせいか、はたまた舌全体に弾力があるせいかはわからないがうまく
引き剥がせない。
残った片足でカエルを蹴り続けるが柔らかな皮膚によって弾かれ
ダメージが入らない。
そんなことをしているうちにグラウンドの砂は、爬虫類型の化け物へと姿を
変えノソノソといった感じで短い脚を器用に使いこちらに近づいてくる。
「来るなっ!」
近くにあった小石をぶつけてみるも、カエル同様に怯むことはない。
そしてその間にもカエルによって僕の体はグラウンド側へと引き込まれ、砂の
化物の前に差し出される形となる。
「ぐっ」
僕は決して力が弱いと言うわけでもない。むしろあまりの危機的状況下で
いつもよりも体には力が入っている。
だがそれでも彼の体は否応なく引きずられる。
更に砂の化物は細長な口を大きく開け、今にも僕を喰べようとしている。
喰われる――――そう思った瞬間、僕は恐怖に飲み込まれた。
「死にたくない……」
「いやだ、死にたくない! こんな訳もわからないうちに化け物に食われる
なんてそんなの御免だ!」
僕はじたばたとみっともなく体を右往左往に暴れさせる。
「誰か!」
「誰でもいい、助けてくれ!!!」
今まで僕は誰にも迷惑をかけちゃいけないと思って生きてきた。
だからこんなおかしな身体になっても、誰にも頼らなかった。
それがいけなかったのか。
それともこのまま誰にも頼らず、誰も巻き込まず、僕一人が死ねばいいのか。
――――どうすればよかったんだ。
「どうして僕なんだ……」
僕は目の前の死という現実に只々涙を流した。
だが次の瞬間、その涙は粉塵と共に僕の頬から吹き飛ばされた。
ドカーン。
大きな爆音と共に僕の足元から噴煙が舞う。
うつ伏せになっていた僕は何が起こったのか分からなかった。
そして状況を把握しようと顔を上げる。
すると校舎の屋上に月明かりに照らされた人影を発見した。
「よけろ、少年!」
その人影はそう声を上げると、そのまま屋上から飛び降りる。
僕は訳もわからずその指示に従うように体を横に転がす。
するとその人影はそのまま地面にぶつかるどころか、真っ直ぐこちらへと
向かってカエルをクッションがわりに踏み潰した。
その衝撃のせいか、カエルの体は煙のように霧散する。
「……っ!」
僕がどれだけやってもビクともしなかった奴が一瞬で消す済となったことに
衝撃を受けつつも、僕はそれ以上にその人物の正体に驚愕していた。
そう――――それはここまで僕が追いかけてきた高梨藍華、その人だったのだ。
「君大丈夫?」
そう僕に語りかける彼女の手にはさっき彼女の肩にかかっていた袋から取り
出されたのであろう、鋒がギラリと怪しく光る薙刀が握られていた。
「高梨さん」
彼女と目が合う。
すると彼女は僕の無事を確認し終えるとすぐさま、残った砂の化物に視線を
向けた。
「その場から動かないでね」
彼女は自身の身の丈程ある大きな武器をいとも容易くクルクルと回転させて
見せる。僕はというと、彼女の言葉通り、と言うよりあまりの出来事に腰を
抜かしその場に尻餅をついた状態で固まっていた。
「ふんッ!」
高梨さんが薙刀を回転させすぐ、僕なんかの目では捉えられないような速さで
横薙ぎに化け物を一刀両断する。
すると爬虫類型の化物はカエルの化物と同様に一瞬でチリとなった。
「すごい……」
だが彼女の表情は緩まらない。
「手応えがない」
そう呟いた彼女は周囲を見渡す。
僕も彼女を真似て、固まる体を他所に眼球だけを動かし辺りを確認する。
しかし化物の姿はどこにもいない。
そういえば、確かに化物はチリとなって消えたがそれはカエルとは違い砂と
なっただけに見えた。加えて彼女のさっきの言葉から推測するに、あの化物は
死んでいない。
体が砂の化物。
地面一面が砂に覆われたこの場所に限っていえば、ここはまさにあいつの餌場。
そして俺たちはその場所に迷い込んだ食糧。
「ひっ」
風で砂が舞うと俺は咄嗟に小さく声を漏らした。
それは恐怖が直感ではなく、頭で理解できた故に出た声だった。
「心配しなくていい」
「え?」
「私は強いから、君一人難なく守ってみせるよ」
そう言うと彼女は薙刀に力を込める。
すると薙刀の鋒とは反対の柄の先っぽ部分がガチャリと音を立てて外れる。
そしてそれは柄の内部に仕舞われていた鎖に繋がれつつ独立したものへと
変化する。僕はそれをまるで鎖鎌の鎖分銅のようだと思った。
「ふっ!」
と、彼女は突然それを背後にいる俺の方へと飛ばしてくる。
それに対し僕は咄嗟に体を縮こめる。
するとまたしても彼女の攻撃で僕の真後ろに粉塵が舞う。
「え……」
視線を向けるとそこにはさっきと全く同じ容姿の化物がいた。
彼女が今攻撃を仕掛けていなければ僕は食べられていただろう。
しかしそれでも彼女の攻撃は化物を砂にするだけのように見える。
「砂の偶像、なるほどね。本体は別にいて条件に見合った人間を自動で
襲うってわけね」
「あ、危ない!」
「!?」
彼女が何かを呟いている間に彼女の左右からさっきとは別のカエルの化物が
二体出現し、彼女の手足をそれぞれ拘束した。
「まだいたのね、この怪異」
そして三度、彼女の前に砂の化け物が出現。
化物は高梨さんを前にグガァーーーっと無数の牙が生え揃った大きな口を
かっぴらいた。
助けないと!
そう思い腰を浮かせようとすると、直後に彼女に静止される。
「動かないで」
「で、でも!」
「大丈夫。そこにいてくれれば当たらないから」
「当たらない?」
「スゥーーー」
彼女は息を深く吸い込み呼吸を整える。
バシュ――――
一瞬何が起こったのか理解できなかった。
僕が気づいた時にはすでに、彼女を囲んでいた化物は一匹残らず消滅していた。
「嘘……」
彼女の一振りで化物たちが切り刻まれたと理解できたのは、そのしばらく
後のことだった。
「からの――――そこだぁぁぁ!」
彼女は武器をそのまま流れるように逆手にもちかえる。
そして彼女は薙刀を陸上の投擲の如く、グラウンドの端にあるサッカーゴール
の方角へと投擲する。
グァァァ。
狙い通りか彼女の放った薙刀はサッカーゴールの目の前の地面に突き刺さる。
その瞬間、強烈な呻き声と一緒にそこから黒い霧が吹き出し消滅した。
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