おまけ
おまけ ~佐藤マユside11~ 宰相
テーブルの上には博美が残して行った袋が三つ並べられ、この部屋ではのんびりとした時間が流れていた。
ハロルド王子は相変わらずカウンター席で酒を煽るように飲み、宰相は、ぼうっと窓から青空を眺めている。
マユはソファで座り、コップの水をぐっと握りしめ、酒に替えて飲もうとしていた。
そんなとき、突然、鐘の音が聞こえてきた。
カーン、カーン、カーン。
「宰相、なんだ、この音は?」
「さあ」
三人は部屋を見回した。
どこかにスピーカーがあるように、鐘の音が鳴り響いているからだった。
そして鐘の音が鳴りやむと、窓の外では雲一つない青空に白い鳩たちが羽ばたいた。
まるで何かの祝い事か、結婚式のようだ。
「あの女を追い出した記念に祝いの儀式でもさせたのか、宰相」
「いいえ、わたくしは指示もしておりませんし、何も聞いておりません」
「っということは」
王子と宰相がマユを見る。
おいおいおい、なんだその目は? 私がやったとでも思っているのか?
「私じゃありませんよ」
「なんだ、マユの聖女の力じゃないのか」
王子があからさまにがっかりした表情になった。
なんでもかんでも聖女の力なわけねーだろ、しかもそんな力ねーし。
握りしめているコップの水が酒に変わるのがわかった。
「ふん」
マユが一口飲むと、荒ぶる心が静まっていく。
コンコン――。
王子の部屋にノックの音が響いた。
「なんだ!」「誰ですか」
苛立ったように王子と宰相の相次ぐ声に、扉の向こうからメイドが応えた。
「ハロルド王子宛てにお手紙が届きました」
「手紙だと? 入ってこい」
ハロルド王子が目で合図を送り、メイドから手紙を受け取った手紙を宰相が目を通す。
宰相が文面を読み始めたが、みるみると顔色を変えていく。
「何の手紙だ?」
そんな王子の声が聞こえないのか宰相は手紙を手にしたまま、硬直していた。
「おい、宰相! いったいなんの手紙だと聞いているんだ!」
「えっ、あ、はい。魔導士団がこちらに向かっていると……、しかも第三部隊が」
「なんだと! 第三部隊とは……。なぜジュリアンヌが率いる第三部隊がこの屋敷に向かっているのだ」
「このお屋敷にジュリアンヌお嬢様が……」
なんだコイツら、なにビビっているんだ。
ジュリアンヌお嬢様って、どこかのお嬢様だろ、そんなことぐらいでビビってんじゃねーよ。
そのときだ、ラッパの音が鳴り響いた。
タッタタター、タッタタター。
次から次へと、うるせーな、鐘の次はラッパかよ。
慌てた王子と宰相が右往左往していた。
「おい、宰相、ジュリアンヌの隊だ。今すぐ逃げるぞ」
「かしこまりました。この金貨を持って裏口から」
おいおいおい、勝手にテーブルの上の金貨を持っていくんじゃねーよ。
だが、宰相がテーブルの上に置かれた布袋を両手に持ち上げた瞬間、不思議そうに首をひねった。
「どうした宰相?」
「金貨にしては軽いような」
それを聞いた王子も残った一袋をテーブルから片手で持ち上げた。
「軽いな」
なにやってんだ、こいつら? 計量ごっこかよ。
王子が急いで、確かめるように布袋を開けた。
「なんだこれは!」
開けたままで布袋の底を掴むと、中身を出すようにカーペットへ落とし始めた。
ドドドド――。
大量の小石が床へ落ちいく。
「はあ? 私の金貨は?」
おもわずマユは立ち上がり、茫然と大量の小石を見下ろしていた。
「王子、こちらも石です」
宰相も袋の中を開けて石ころを王子に見せた。
「どうして金貨が石になった……。おい、どういうことだ、宰相!」
「たしかにグリアティ家からの受け取ったのは金貨で……」
そんなときだ、扉が開いて、大柄の太った男が入って来た。
いや、違う。
女だ。男のように騎士の格好をしているが、よく見れば胸が出ている。
モサモサの剛毛な毛髪に、ふてぶてしい顔に鼻は上を向き、頑固そうなへの字の口。
「ジュ、ジュリアンヌ……」
王子が顔面蒼白で言いながら、逃げるように背後の壁を伝いながら大柄な女性から離れようとする。
「あら、お久しぶりでございます。ハロルド王子」
甘えた声で言った直後、ジュリアンヌと呼ばれた女がジロリと宰相を見る。
「ロドリック、こんなところで何をしていますの?」
王子に話しかけるときと違った、低い声のトーンに変わっていた。
「ジュリアンヌお嬢様……」
そう声を上げた宰相は強張った表情だった。
いったいなんなのよ、この女。
デカくて、異様に迫力がある女……。
でも、負けちゃいられない……。
「あなた、何よ。勝手に入って来て。許可はもらったの? ここは王子様の部屋よ。ほんとうに図々しい。宰相、今すぐこの女を追い出しなさい!」
マユの言葉に、宰相が慌てふためく。
「マユ様……、こ、このお方は」
「宰相? 誰が?」
ジュリアンヌと呼ばれた女が、マユの前に立った。
でかい。近くで見ると背も図体もデカイが、顔もデカイ。
ぬっと、マユの顔を覗き込む。
あまりの顔のデカさに……、マユは宰相を指さした。
「そ……、その人が……、宰相に決まっているでしょ」
マユを指さす方向にジュリアンヌがジロリと目を向ける。
「ロドリックが宰相? アハハハ。ご冗談を。この国の宰相は、わたくしの父で、シュナイザー家の当主である、フラング・シュナイザーです。このロドリックは、うちで雇っていた、ただの下働きの男。こんな男が宰相なんてあり得ませんわ。オホホホホ。もしかして……、あなたたち、こんな辺境の地で、後継者ごっこでもしていたのかしら」
「ちょ、ちょっと、宰相が宰相じゃないって、ど、どういうことよ」
マユが王子を見た。その視線を受けて王子が応える。
「そ、それは……、俺の屋敷の執事をこう呼んでいて」
はあ? 執事だと?
ロドリックが宰相じゃなくて、ただの執事……。
「ただの執事を宰相なんて呼んでいたわけ?」
ついマユは本音で王子に言っていた。
だが、そんなマユの言葉遣いなどまったく気にする様子をみせず、王子は壁際に背中をつけて、徐々に窓際へ逃げるようとしながら応える。
「だ、だが、ロドリックは確かにシュナイザー家の血を引く息子であることには変わりはなく……」
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