第21話 ~佐藤マユside5~ 毒の効果
宰相が慌てた様子で王子の部屋に入って来た。
「ど、どうされましたか、ハロルド王子」
「おい、外を見てみろ」
王子に言われて、宰相が窓から外に視線を向けたた。
「あれは……、魔獣? どういうことですか。今日は魔獣が街へ行くということで外出を許可しました。あのように楽し気にお庭で食事を楽しむことなど聞いておりません。予定変更になったのでしたら、まずわたくしに報告すべきで――」
「そんなことじゃねーよ、黒い服のメイドを見てみろ」
「ああ、はいはい。あの女性ですね。黒のワンピースを貸して欲しいと言われたもので、あのような恰好をしておりまして……」
「だから、そんな話じゃねーだろ! 今朝、あの女の食事に毒を盛ったと俺に言っただろう」
「ええ、たしかにそのように指示を出し、わたくしも毒が入った朝食も部屋に運び込むところまで確認しましたが」
「あれはなんだ? あの女、元気じゃねーか」
「どういうことでしょう……、不思議ですね」
言いながら宰相は首をかしげていた。
「もういい! 俺が確かめる!」
王子が黒服メイドたちに言う。
「今すぐここへ薬師と料理長を連れてこい」
そうして、腰を曲げて杖を突きながら、じいさんが部屋に入って来た。
「なんですかのぉ、王子様」
「薬師、お前はたしかに食事に毒を入れたのだな」
王子の言葉に、じいさんが耳に手をあてて聞き返す。
「ああ? なんですかのぉ」
「だ・か・ら、お前がつくった毒を、食事に入れたのか聞いている!」
王子の大きな声に、じいさんは大きく頷いた。
「少量でも熱に強く、食べたら真っ青な顔に――、はて、なんの話じゃったかのぉ」
「あの女の食事に入れたのか聞いているんだ!」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。王子が毒の種類を聞きたいとは、わしも嬉しいですの。まずは即効性の毒から説明しますと……、で、なんの話でしたかの、王子?」
王子が顔を赤くして、鼻息を荒くする。
「そんな詳しい毒の説明など、今はどうでもいい! あの女の食事に、毒を盛ったのかと聞いているのだ!」
王子の声が廊下まで聞こえていたようで、慌てて入って来たコック帽をかぶった男が帽子を取り、代わりに応えた。
「はい、たしかに薬師様からいただいた紫色の毒をパンに混ぜました」
それを聞いて驚いたのは宰相だった。
「なんと……、料理長! 紫色のパンに毒が?」
宰相がおろおろとして、自分の喉に手を置き、
「わたくし、先ほど厨房でこっそり、レーズンパンを食べたのですが」
「ロドリック様、そのパンでしたら大丈夫です。私が申しましたのは毒の色が紫色だったということでして、それにレーズンパンはもっと早く焼き上がっていましたから」
料理長が安心させるように言うと、宰相はホッとした表情をして胸に手を当て安堵する。
「よかった……」
「おい! 今はそんな話をしている場合ではないだろ! お前が厨房で盗み食いしたことなんて、どうでもいい! あの女の料理に毒を入れたのか聞いているのだ!」
王子が怒鳴る横で、じいさんがシャキリとした顔で勝手に話し出した。
「わしの作った毒は熱に反応すると色がなくなりますのじゃ。アレは遅延型の毒でして、少量でも毒の作用は落ちず、熱にも強いが効果が出るのに時間がかかりますわ。効き目が現れたときには真っ青な顔になり、徐々に効果がでますのじゃ。なぜなら即効性の毒でしたら、すぐに毒だと気付かれ」
話の途中だったが、またじいさんは、うつろな顔に戻って、のんびり口調になった。
「発作を起こすような遅延型の毒ですからの、効果が現れるのは遅いのですじゃ。食事をして時間が経つと力が抜け、視界はグルグル回って――、で、なんの話じゃったかの――。ん? あ? なんでしたかの、王子? そうそう、思い出した、手は震え、舌は痺れて――」
「もういい、じじい! さっきと同じことを言っているじゃないか! 毒の効果なんて聞いてない! 料理長! 本当にあの女の料理に毒を入れたのだな」
王子が窓から顔をのぞかせると、ちょうどそのとき、あのバリキャリの女が大きな丸いパンをちぎって、食べていた。
「ええ、そうです。ちょうどあの女性が食べているパンは、たしかに今朝、毒を入れたパンです」
「ならば、どうしてあの女は毒の入ったパンを平然と食べている?」
「おかしいですね……。確かに、自分は、あの丸いパンに毒を入れたのですが」
首をかしげる料理長に、宰相が尋ねた。
「パンを焼いているときに、毒が消えたのでしょうか?」
すると、横から薬師のじいさんが、
「わしの毒は熱を入れても消えず……、ええっとなんの話じゃったかの――、そうそう毒の効果じゃった」
「もういい、へぼじじい! お前の話は長いし、同じことを繰り返しているだけで邪魔だ! 向こうへ行っていろ! 料理長、毒を入れたパンはまだ残っているのだろう。今すぐ、ここへ持って来い。今から確認する!」
「どのように確かめるのですか?」
宰相が王子に聞いた。
「もちろん宰相、お前が食べるんだ」
「そ、そんな……」
そうして料理長が部屋から出ていくと、
「王子、ご勘弁ください」
宰相が泣きそうな顔で王子に懇願していた。
「見てみろ、宰相。あの女も、魔獣やメイドも普通に食べているではないか」
「ですが、本当にわたくしが?」
「万が一のときには、薬師もいる」
ソファに座っている薬師のじいさんに視線を向けるとポカンと口をあけて呆けた顔だった。
あのじじぃダメだな、万が一のときに全然役に立たねーや。
マユと同じことを思ったのか、宰相が王子の足元にすがりつく。
「王子、お願いします。どうして、わたくしなのでしょう。ほかにメイドもいるではありませんか。それに、聖女様なら……」
宰相がマユを見ると、マユが上目遣いで睨み返す
ふぜけんじゃねーぞ、このクソ宰相。
なんで私がたべなきゃいけねーんだよ!
マユの殺気を感じたのか、宰相は肩をすくめた。
「心配するな、ただの確認だ。いざとなったら、解毒剤もある」
「し、しかし……」
「往生際が悪いぞ、宰相!」
「は、はい」
そうしてカゴに入った大きな丸いパンが来た。
マユはパンに目を向ける。
ふーん、見た目は普通のパンじゃない。
カゴを受け取った王子が、マユの前に出した。
「マユ、お前も食べてみるか」
「ホホホ、王子さまったら、ご冗談を」
ぶっ殺されてぇのか、このクソ王子。
お前が食えよ。
「さあ、宰相、食べろ」
王子が宰相の前にカゴを持っていた。
「本当に……、でございますか?」
「当たり前だろ」
「では、少々いただきます」
パンに手を伸ばし、手でちぎった宰相は、目をつぶってパンの欠片を口に入れた。
もぐもぐもぐ――。
ごっくんと飲み込んだ。
「あっ! 普通においしいパンです」
晴れやかな笑顔を見せた。
「ほらみろ、なんともないだろ。失敗だ、薬師」
王子の声が聞こえないのか、薬師のじいさんは宙を見上げたまま呆けていた。
そこだけ時間が止まったように、じいさんは座ったまま、ソファから全く動きもしなかった。
王子が深いため息をつく。
「おい、宰相、屋敷の薬師を交代させろよ」
「そうでございますね。新しい薬師を連れてきますが、すぐには見つからないかと」
王子が困ったように腕を組む。
「そうだな、あの女をどうやってここから追い出すか……。やはりさっさと金を払って追い出すか、宰相」
「それが一番だと思います。はあ、しかし、さきほどはびっくりしましたよ。王子が突然、毒の入ったパンをわたくしに食べさせたのですから」
王子と宰相は笑っていた。
ちっ、なんだよ。
失敗かよ、役にも立たねぇ、奴らだな。
マユが苛立って爪を噛んでいた時だ、宰相の顔がみるみる青くなっていく。
「ぐ、ぐるしい……」
心臓を押さえて、宰相がパタンと床に倒れた。
「宰相、どうした! 大丈夫か!」
「毒じゃありませんの?」
マユの言葉に、王子がハッとした。
「おい、じじぃ、解毒剤は?」
慌てた王子がソファに座っているじじいの薬師をみた。
「はて? 解毒剤? なんの話じゃったかの。そうそう、わしが作る毒の作用は――」
とぼけた表情のじいさんに、王子は、
「役立たずのクソじじい、今すぐこの屋敷から出て行け――!」
と、顔を真っ赤にして怒鳴った。
マユは床で転がっている宰相を見下ろしていた。
目はグルグルまわっているし、手は震え、なにやらしゃべっている。
「お、お助けを、おおおお、うじじじじじ」
舌も痺れているみたいだ。
王子が急いで棚の中から透明の瓶を取り出し、苦しむ宰相に飲ませていた。
「宰相、しっかりしろ――! 万能薬だ」
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