第20話 ~佐藤マユside4~ ツメが甘い

 分厚いカーテンの隙間から日が差しているのがわかる。


 異世界で初めての朝だ。


 クイーンサイズのベッドの上でまどろみながら、マユは中学校の入学式の写真を思い出していた。お嬢様学校で名高い女学院中学の校門前で、両親と一緒に映っている真っ白なワンピースの姿の自分。


 小学校からずっと憧れていたお嬢様学校に入学し、純白な制服に身をつつみ、順風満帆な生活が送れると思っていた。

 しかし、その生活も中学二年生のときに終わった。


 マユの父親が事業を失敗し、家族を残し、失踪したのだった。


 家や車も債権者に持って行かれ、マユは母親と共に、祖父母のいる母の実家で暮らすことになった。


 しばらくすると、母はあまり家に帰ってこなくなった。それが原因で祖父母と喧嘩が絶えず、母はマユを連れて飛び出すようにアパートで暮らすようになった。


 公立中学に転校したが、クラスの雰囲気に馴染めず、マユは浮いた存在となり、母は相変わらず家に帰ってこなかった。

 一人でいる時間が長くなったマユは、居場所を求めるように夜の街を出歩くようになった。同じように孤独で、クラスに馴染めない中高生が集まる繁華街のグループに、いつしかマユも足を踏み入れていた。


 高校には進学したものの、すぐに中退し、母と同じく、夜の世界で働くようになった。


 キャバクラは性に合っていた。文句を言いつつも楽しくやっていた。


 急に異世界に来て、最初は戸惑ったが、私ならばどこでだって生きて行ける。


 そうだ、あのバカ王子だって、キャバクラの客だと思えばいい。


 今だって大きなシャンデリアが照らす金色の壁布に、上品な絵画が飾られて、店と変わりない。


 ノックの音がした。


「誰?」


「朝食の前にお支度をさせていただきたく参りました」


 メイドが扉の向こうで応えた。


 ちっ、めんどくせーな。

 まあいいや。


「うん、わかった」


 昨日と同じように数人のメイドによって、風呂に入らされ、身体や髪を洗われ、白のドレス姿に着替えさせられた。


「朝食は、昨日と同じ食堂に行くんでしょ?」


 マユが聞くと、メイドが髪を整えながら応える。


「いいえ、本日の朝食は王子のお部屋と聞いております」


 王子の部屋……?


 ああ、そうか。

 あの女とは別に食事を取るってわけだ。

 さっそく毒入り作戦決行だな。

 そりゃ誰も苦しむ人を見たくないし、そんな前で食事なんてしたくないってことだ。


 納得したマユはメイドたちと共に、長い廊下を歩き、王子の部屋へ向かった。


 開いたままの扉の向こうでは、王子は昨夜と同じくカウンターで朝から酒を飲んでいる。

 分厚い生地のカーテンも閉めっぱなしだ。


「おお、マユ」


 王子がふらつきながら、こちらへ来ようとするので、マユは逃げるように窓辺へ向かう。


「おはようございます。今日はいい天気ですから、カーテンを開けましょう」


 マユはカーテンを開けた。


「ね、王子様、気持ちがいいでしょ」


 ニコリと上っ面だけの笑顔を張り付けて王子に視線を送る。


 だが眩しそうな顔をした王子は窓に背をむけて、また酒を飲み始めた。


 チッ、この王子、アル中か?


 窓の外で、ワイワイと声が聞こえた。


 見下ろすと、木陰でメイドたちがレジャーシートのような物を広げている。


 青い服のメイドと黒い服のメイド……。


 それに、ぼうっと、突っ立っているのは魔獣か?


 あんな気持ち悪い獣が外に出ているなんてマジあり得ない。


 地下から出られないはずだ。


 いや、ちょっとまて……、あの黒い服を着た女って……、昨日のバリキャリじゃない。


 あんなところで食事?


 左側の青いメイド服の女がバスケットを用意している間に、レジャーシートの真ん中へ魔獣が座るように、あの女がジェスチャーをしている。


 そうして三人は横並びで座った。


 バリキャリは、お肉をフォークに突き刺して、魔獣にアーンしている。


 ってか、エサやりか?


 青い服のメイドはスープのようなものをそれぞれに渡しているし、まるでピクニックのようだ。


 はあ? アレはどうなった!?


「ちょっと、王子様!」


「いったい何だ、急に大きな声を出して」


 不機嫌そうに王子がマユを睨む。


 ちっ、めんどくせーな。

 でも結婚するまで本性は隠しておかないと。


「そうでした……、失礼しました」


「俺は朝酒を楽しんでいるんだ。そんな俺に、キスでもしたくなったか」


 キモっ。


 ったく――。


「違いますよ。窓を見てください」


「窓がどうした?」


 王子がフラつきながら、窓枠に手を置き、窓の木枠をぐるりと見る。


「何もないじゃないか」


「外ですよ、お庭ですよ」


 くっそ、なんて勘の悪い王子だ。


「外?」


 言いながら王子はマユの身体に手を回そうとするから、すっと避けて、


「そこですよ。その木陰にいるでしょ」


「来客用のメイドと、黒服メイドじゃないか……。どうしてあんなところでさぼっているんだ? 魔獣までいるじゃないか。あの女と街へ出かけると宰相から聞いていたが……」


「魔獣の隣に座っている、黒い服のメイドの顔をよく見てください」


 やっと王子も気が付いたようで、


「あんなところに、何故あの女が――!?」


「そうですよ、昨夜の話はいったいどうなったのですか」


「おい、すぐに宰相を呼べ!」


 王子の酒もやっと抜けたようだ。


 お付きのメイドが頭を下げて慌てて、部屋から出て行った。


 ったく、この王子も宰相もツメが甘いんじゃねーの。


 アイツら、楽し気にピクニック気分で食事しているじゃねーか。


 なにが、毒で始末するだ。


 マジ、役に立たねえ王子と宰相だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る