第12話 出会い【魔獣ジュリアス視点1】
彼女が魔法陣から現れたとき、不思議な人だと思った。
女性なのに、キリリとした目であたりを見回して、突然こんな場所に召喚されても、ハロルド王子と対等に話していた。
違うことを、違うと言える、そんな人だ。
最初はちょっとコワイと感じたけれど、あとから召喚された女の人が僕の姿を見て震えていると、その人の背中に優しく手を置くのを見て、優しい人なのかもしれないと思った。
そんな彼女は、突如、聖女として不利な状況になった。
後から来た女の人がハロルド王子に見初められ、聖女と決まったからだ。
王子やロドリック様、そうして彼女と一緒に召喚されたマユという人までも、なぜか彼女を笑いものにしていた。
男の格好だ、召喚に巻き込まれた一般人だと言っている。
どうしてそんなことを言うのだろう。
僕は、床に座っている女性が聖女だったらいいのに……、と思っていた。
間違っていることを間違っている、誰に対しても対等にモノが言えるような人が聖女になれば……。
でも、僕には何も出来ない。
こんな姿の僕には――。
すると、彼女は床からすくっと立ち上がった。
部屋から出て行こうとする王子に言ったんだ。
「では、お金を用意してください」
「はあ? お金だと?」
ハロルド王子もロドリック様も驚いていた。
僕も彼女からなにかを言われるかもしれない。
だって彼女を召喚したのは僕だから。
でも、僕なんか彼女の眼中に入っていないみたいだ。
当たり前だ。こんな不気味な存在の僕を誰も相手にするわけない。
けれど、この状況に僕はワクワクしていた。
彼女は暴言を吐かれても立ち上がり、彼らに凛として、お金を請求する姿は素敵だった。
弱い者じゃなく、強いものに向かっていく姿はカッコイイ。
彼らの驚いた表情を見ていると、まるで自分事のように胸がすく思いだった。
話は決着しなかったけれど、彼女はお腹が空いたと、王子たちと食事をするために出て行った。
僕もお腹が空いた。魔力を使いすぎたからだ。
でも、この地下から僕は上に上がることも出来ない。
食事も数日待たないといけないだろう。
用事が済んだら、こんな地下の部屋に誰も来ない。
また孤独な時間がやってくる……。
王子達は食事をしながら、彼女にお金を払う約束をしているのだろうか。
どのような話になっているのか興味が湧いた。
魔法陣で、みんなの食事の様子をこっそり見ることにした。
魔法陣から映し出されるのは、いつも王子たちが食事をする部屋だ。
まだ席には誰もいない。
いや、彼女が先に来ているようだ。
だが、そこに映る彼女はさきほどの理知的な雰囲気とは違って、まるで別人のようにパンをかじっている。
皆が揃うと、周りなど関係ない、そんな感じでお腹が減ったと文句を言う。
姿勢も悪く、食べるときにズルズルと音を立てて食事をしていた。
あまりのマナーの悪さに、皆、不快そうだ。
僕の話題も出たが、いつものように気持ちが悪い存在ということだけだった。
彼女は、ワゴンの上の誰も手を付けていない肉やパンなどを皿に盛りつけると、自分の部屋で食べると出て行った。
僕は彼女がいなくなったことで興味がなくなり、机の上で書き物をしながら頭の整理をする。
今日の召喚魔法でどうして二人も召喚することになったのか。
失敗していないのに……。なぜだろう、わからない……。
途中、何か強い力を感じたように思ったけれど……、だれかに魔法を干渉されたのだろうか。
けれど、僕より強い魔法を使える人など存在するのだろうか。
すると、突然、ノックの音がした。
気づけば、彼女がこの部屋を覗いている。
驚いたが、すぐに理由は分かった。
「これ、もしよかったら」
彼女が銀色のトレーに料理を持って来て、言ったからだ。
たまに暇つぶしでやってくるハロルド王子のように、皿から落とした料理を僕に床で食べさせるつもりだろう……。
彼女もこんなことをする人なのかと、がっかりした。
「……残り物のエサ、ですか」
つい、そう言ってしまった。
「あなたがエサって言うなら、エサじゃない。ハイ、どうぞ、エサ、召し上がれ」
彼女は机の上に皿を置いた。
食事を持って来てくれたようだった。すぐに僕は後悔した。
彼女が気分を害したら……、それとも彼女に嫌われたかも……。
そんなことを……、考えてしまった。
おかしいな。
こんな姿の僕は、嫌われて当たり前の存在なのに。
彼女は僕をまっすぐに見てくる。
ど、どうしよう……。
怒っているのかな……。
けれど、彼女の瞳から怒りを感じない。
他の人のように恐怖や嫌悪感も、その澄んだ瞳に映っていないように感じる。
なんだか、真っすぐに見られると、恥ずかしくなってくる。
そして彼女は、僕のことを犬みたいだという。
こんな気持ちの悪い犬がいるなんて信じられなかった。
そのことを言うと、彼女は少し怒ったように言う。
あり得ないことだった、信じられないことだった。
誰かが僕のためにこうして真剣に言ってくれるなんて……。
いつの間にか泣いていた。
忘れていた感情だ。
僕を、僕として見てくれる人。
こんな姿になった僕は、どこか感情を忘れていた。いや、忘れようとしていたのかもしれない。
彼女の前で一度泣くと、とめどなく涙が零れ落ちる。
恥ずかしい……。
そんなことは随分、久しぶりだ。
彼女がハンカチを貸してくれた。
手が触れた。彼女の体温が伝わり、一瞬ドキリと胸が高鳴り、ドキドキと鼓動が速くなる。
僕はその気持ちを誤魔化すように彼女から借りたハンカチで涙と鼻水を拭いた。
そんな汚いハンカチをそのまま返してくれればいいと彼女は言う。
絶対にそんなことはできない。
僕は洗いに行くために部屋を出た。でも、すぐにハンカチを洗って戻って来た。
彼女がまだこの部屋にいてくれて、ホッとした。
けれど……、彼女は近々この屋敷を出ていくと言う。
僕の心はぎゅっと苦しくなった。
驚くことに、明日、彼女は街へ行くのについてきて欲しいという。
こんな姿の僕なのに、嫌じゃないのだろうか……。
彼女は強引に僕の小指に自分の指を絡めてきた。
胸の奥が熱くなり、ドキドキと緊張する。
でも、しなやかな指先に、澄んだ彼女の声が心地いい。
針千本という約束をした。
小指を離してクスクス笑っている彼女から目が離せない。
驚くことばかりする彼女が次は何をするのだろうと期待してしまう。
すごく知りたい。
次は、どのような表情をするのだろう。
彼女といると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「じゃあ、部屋に戻るね」
「あ、はい」
彼女がここから居なくなると思うと、寂しい。
もっと彼女の声を聞きたい、笑顔を見たい。
いろんな話をしてみたい。
「明日、約束だからね」
彼女が右手の小指を見せる。
「は、はい。針千本ですよね」
「そうそう。明日、天気が晴れたらいいな。まあ、雨でも行くけどね」
「階段まで見送ります」
「ありがとう」
部屋を出ていく彼女の少し後ろについて歩く。
彼女の匂いだろうか、甘いにおいがする。
すごくいい匂いだ。
一人で歩くと、いつもはとても長い距離なのに、彼女と一緒だとすぐに階段までたどり着いてしまっていた。
「おやすみなさい」
らせん階段の手すりを持った彼女が言う。
「はい……、おやすみなさい」
本当は彼女の部屋の前まで送っていきたかった。
でも、許可がないと、この階段を上ることさえ許されない……。
僕は、こうして彼女の背中を見送ることしか出来ない。
階段を上り始めた彼女が振り返る。
「自分の部屋に戻っていいから」
彼女は困ったように笑う。
「あ、はい」
けれど、僕は彼女の姿をずっと見ていた。
彼女の姿が見えなくなってしまうと、僕の心の炎が消えたようだった。
しょんぼりと廊下を歩く。
耳も尻尾も垂れ下がっているだろう……。
でも……、明日、また彼女に会える。
彼女とつないだ小指がまだ熱を持っているようだった。
僕はさっそく部屋に戻ると、魔法陣の上で天気の魔法を唱えることにした。
明日晴れますように――。
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