鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎

 最高でしたよ!とっくにブームなので自分が言うこともほぼないんだけど。


 PG12に削ぐわないハードな内容で、横溝正史オマージュ満載のガッツリ因習村ホラー映画になっている。最初に座敷に招かれるシーンとかばりばり角川映画版の犬神家の一族ですよ。

 戦闘シーンもめちゃくちゃカッコいいし、バディブロマンスとしても最高。子ども向けどころか大人が観て楽しめる映画です。タイトルの通り、これは鬼太郎の誕生に関わるふたりの父の物語。つまり、大人の責務を巡る話だ。



 ざっくり説明すると舞台は昭和三十一年、帰還兵で現在血液銀行(この職業に関しては後で説明します)のサラリーマン・水木は、会社で扱うある秘薬の製造元である一族村を訪ねることになる。

 一族の長の死亡から御家争いと怪死事件まで勃発し、緊張する村に訪れたのは、未来の目玉おやじこと鬼太郎の父になる男だった。彼は人間に迫害されて生きてきた妖怪に近い存在で、失踪した妻を探しているという。

 水木は秘薬の真実のため、鬼太郎父(以下ゲゲ郎)は妻の行方のため、結託して村の秘密を探ることになる。



 まずこの因習村が本当に弱者を搾取しまくる最悪の村で面白いんだけど、ただ「田舎最低!」では終わらない誠実さがあってそこがいい。


 水木青年は戦地で上官に玉砕を命じられ、何とか生きて帰った後も空襲で被害に遭った母は身内に騙されて全てを失っていたという惨状から、使い潰されるのは御免だとがむしゃらに働いてる状況。


 彼が働く血液銀行というのは実際にあったもので、戦後は輸血に関する医療制度や法規制がなく、五十年代に赤十字社がやっと設備を設けるまで民間で血液を売買してた。

 血を売るのは貧困層だから、梅毒などの危険も高かった。売血でフラフラの若者が車が通っただけで倒れて轢かれてしまうから、ドヤ街の近くで運転したくないというような当時の記録も残ってる。


 つまり、水木青年は搾取された被害者でありつつ、当時の搾取の構造の加害者側でもある。

 ゲゲ郎から幽霊族への搾取を知ったとき、自身の仕事がそれに近いとわかった上での罪悪感も感じたんじゃないだろうか。


 あと、終盤で因習村の被害者でもあり加害者でもある存在が「東京もこの村も同じ、どこにも自由なんてない」と言うの。

 ただの因習の断罪なら東京を綺麗な場所として描けばいいんだけど、冒頭に映るのは華美なビルのしたで環境汚染に全く配慮されていないドブ川。病院に群がる貧民や、座り込んでたりヨタヨタ歩いてる若者はたぶん水木の務める血液銀行に血を売ってる売血者だと思う。


 あと、水木が真相を追う血液製剤"M"は水木しげるのイニシャルだけじゃなく、バクダンやカストリなどの闇酒メチルアルコールとヒロポンと通称されるメタンフェタミンの頭文字で、どちらも戦後日本の暗部の象徴でもあるんじゃないかと思った。


 戦時中は若くて未来ある兵士を国の都合で使い潰し、戦後は経済成長のため企業戦士を使い潰す。これって国全体が因習村と同じ構造じゃないのか。そういう俯瞰的な問いが常にあるのが魅力的だ。



 ゲゲ郎は息子の鬼太郎と同じで片目を隠してるんだけど、その理由が「全部を見ようとするより世界は半分隠して見る程度がちょうどいい」なの。

 本作では「見る」がひとつのテーマになっている。


 水木は使い捨てられないために出世することが全てで他人への愛なんてわからないと言うけど、ゲゲ郎と付き合ううちに妖怪含め、存在しないものとして黙殺されていた弱者への搾取をしてしまい、目を背けられなくなっていく。


 同時に、本当に死霊のような本来見えない世界まで見え始め、彼らを殺した真犯人の罪までわかってしまった。

 被害を見つめることは表裏の加害も見つめることで、どちらかに都合良く目を瞑ってあげることはできなくなるんだ。



 水木は常にこの境界に立っていて、描写だけでそれがわかる演出もすごく上手い。


 最初、因習村の屋敷に招かれたとき、畳の縁に座布団を置かれるんです。本来畳の縁は踏むべきじゃない場所だから、これは歓迎されてない合図だし、それを理解してから最後まで座らない。


 対して、ゲゲ郎と話す場所は墓場だったり、蛍が飛ぶ中で橋のように渡された木の上だったり。蛍は死者の魂とされるし、橋は怪談で魔物が現れる場所だし、此岸と彼岸の境界の象徴だ。


 これは彼が境界に立ちつつ、搾取する側には交わらず、人間の身で妖怪と繋がるひととしての描き方なじゃないかと思う。


 水木は最初にゲゲ郎に煙草を要求されて断るけど、打ち解けからは同じ煙草を回し吸いするとか。そういうモチーフの使い方が本当に上手くて。


 煙草も象徴的な使い方をされるんですよ。

 昭和らしく男も女もバカスカ煙草を吸うんだけど。

 水木が吸うのは第二次世界大戦直後に再販した平和と労働者階級の象徴のピース。

 彼は咳き込む子がいる電車でひとりだけ煙草を吸わず、権力者から与えられた葉巻は受けつけず、鬼太郎父とは煙草を分け合う。下層階級で弱者を傷つけられない優しさとして描かれてる。


 補足しておくと、煙草の有害性が告知されたのは昭和三十九年で本編より後だし、水木が電車の中で煙草を吸わないのも考え事をしてた上両切りの煙草を吸うための準備の時間なので、水木が意図して吸わなかったというより、作劇の描き方の話です。

 本作と煙草の話は長くなるので後で個別で書きます。



 そう、この映画は高度経済成長期とかぼんやりとした設定じゃなくしっかり昭和三十一年って指定されてるの。これは政府が経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言された年なんです。


 つまり、戦争の次は高度経済で命を浪費し弱者を搾取する連鎖を断ち切って、未来を生きる次世代のためにを繋げる罪の精算する、大人であり鬼太郎の実父と養父である、ゲゲ郎と水木の責務を描く物語の舞台として、敢えて設定したんじゃないかと思う。



 これ以降は本当にネタバレなんだけど、最初にゲゲ郎が石段を上がってくる下駄の音と、最後に水木が黒幕を討つために階段を上がってくるときの斧の音と構図がほぼ同じなんだ。

 愛する者なんかいないと言った水木が、ゲゲ郎と同じ、他人のために未来を繋ぐ存在に生まれ変わった瞬間だと感じた。


 最終決戦の地に桜が咲いてるのも、桜の下には死体が埋まっているというモチーフだけじゃなく、「同期の桜」のような無意味に命を散らすものをここで断ち切るという暗示にも思える。


 それを経て、水木はゲゲ郎に「世界のために犠牲になる必要はない」と言う。この思想って一見優しくても自分の大事な者さえ良ければ他人を踏み躙る因習村と同じで。そこをゲゲ郎が「我が子と友の生きる世界だから」と世界を仮想敵にせず、それを構成する個人への愛情の話に引き戻してくれる。

 セカイ系と対極にある大人の物語だなと感じた。



 この物語は断罪だけで終わらない。

 今よりも横暴が罷り通っていた時代を舞台にしたホラー映画ラストナイト・イン・ソーホーなんかでも誠実に描かれていたところだけど、過去を現在の価値観で断罪したところでその時代のひとが救われるかと言ったら必ずしもそうではない。


 搾取されて死んでいった者たちの無念はそのままだ。

 今を生きる者にできることは、彼らがその時代で間違いながらも必死に生きていたことや過ちを繰り返さない覚悟を覚えておくことだけ。

 鬼太郎は彼らが繋いだ未来で生きる鬼太郎がその役目を担うと約束する。



 この「約束」も本作のひとつのテーマで、作中ではいろんな約束が成されるんだけど、人間どうしの約束は悉く果たされず、水木とゲゲ郎の約束だけが残り続けるんだ。


 ただ、ひとつ疑問になるところがあって。予告にもあったゲゲ郎から水木への「何を見ても逃げるでないぞ」だけは、そもそも水木が何かを恐れて逃走する場面ってないんです。そう思ったら、エンドロールがあった。


 ゲゲゲの鬼太郎には墓場鬼太郎というプロトタイプの作品がある。これは鬼太郎もめちゃくちゃ怖いし、普通に人間も妖怪も地獄に送るし、登場人物の倫理観が9割クズというすごい作品。自分は大好きです。


 この墓場鬼太郎の1話で鬼太郎の出生にまつわる話が描かれるの。

 本作はアニメ6期の先日譚で、根本から違う世界観の話なんだけど、墓場を読んでいたひとには嬉しい繋げ方をしてくる。


 墓場鬼太郎では水木青年はゲゲ郎との思い出なんてないから、鬼太郎父母の人間とかけ離れた姿や価値観に恐れを成して逃げ出すんだけど、本作のラストでもある理由で同じような状況が作られる。

 初対面でビビられるのと、あれだけ信頼し合ったバディに逃げられるのは話が違う。ゲゲ郎の心情は計り知れない。


 でも、「約束」は果たされる。水木は決死の思いで未来を託された鬼太郎を守る責務から逃げなかった。

 これは水木しげる生誕100周年にあたって、墓場から生まれた人間と妖怪の間に立つ鬼太郎に、祝福されて生まれてきた物語を与える新たな誕生の物語だった。



 本当に今更自分が言うことないくらい人気作品なんだけどまとめておきたかったので。書ききれなかった水木と煙草の話と、舞台の哭倉村を構成する民俗学っぽい話は後で別にまとめます。

 鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎を観よう!

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