先生!口裂け女です!

 日和ってる奴しかいねえよなあ!!?


 マイキーが見たら卒倒しそうなほど日和まくってる田舎のヤンキーの元に、昭和から一切日和らず鎌を研ぎ続けた口裂け女が訪れると謎の化学反応が起こる。そういう映画。

 いや、いいんですよ。邦画のB級ホラーに求めてるものはこれなんです。面白かったです。


 昭和と見紛う正統派(?)ヤンキー男子高校生二人組は、転校生の走り屋ギャルと一緒に、盗んだバイクを仲介して売り捌くバイトをしつつ田舎で燻っていた。

 しかし、ある夜バイクを盗んだ相手は昭和からこの街に住んでいた、100m走6秒フラットの口裂け女! じゃあ、バイク要らねえだろ! この疑問は作中で口裂け女直々に「走ると疲れるから」との答えがあって解決される。左様ですか……。



 ただこれ、口裂け女vs田舎のヤンキーというスプラッタホラーではないんです。


 実は口裂け女は都市伝説ではなく、めちゃくちゃ身体能力が高くて、口に傷を負わせたDV元彼を半殺しにして、曲がったことが許せない面倒見のいいただの人間のお姉ちゃんだったのだ。


 壁を垂直に走って改造エアガンで撃たれても無傷な一般人が許されるのはサカモトデイズの世界だけだろ!

 まあ、本人がそういうんだから仕方ない。後々の描写からして絶対に怪異だと思うけどな……。



 普段はいきがってるけど本当は雑魚なヤンキーたちは「俺も口裂け女先輩みたいに強くなりてえ!」と彼女を師匠に特訓を始める。この作風でベスト・キッドになることあるんだ。



 ヤンキーたちは二度と盗みはせず真っ当に生きると誓う。口裂け女先輩のマスクが破れてしまったとき、主人公は自分の赤いバンダナを渡し、更に彼らの絆は深まった。

 シン・仮面ライダーに次いでまさか今年二回も邦画で「バイク乗りにスカーフは必須、それにヒーローといえば赤なんでしょ」を見ると思わなかったな。

 そして、都市伝説は他人を救うヒーローに変わる。口裂けオーグ。



 しかし、口裂け女先輩にバイクを返したことで、窃盗バイク商売の元締めにしてヤンキーヒエラルキーのトップ・地元の怖い先輩に痛めつけられ、多額の金をふっかけられる。

 焦ったヤンキーたちは二度としないと誓った再び窃盗に手を染め、危うく警察沙汰に。


 更に、口裂け女先輩の姿がネットに晒され、多発していた誘拐殺人事件の犯人としてデマを流されてしまう。


 クソOBの強請りを躱し、誘拐殺人事件の真犯人を見つけ、亀裂の入った友情を復活させることはできるのか! だいぶタスクが多いな。



 B級ホラー映画ってひどいときはもう登場人物が今何をしたいのかすらわからないことあるんだけど、本作はその場その場での目的が明確だし、当時にタスクが起こってもヤンキー特有の連帯感で手分けしてくれるので何が起こってるかわかりやすい。


 ただ完全にストレスフリーかというと違う。

 田舎のヤンキーの青春物語な以上、基本の価値観が身内意識と面子なので、奴らは側から見るとしなくていいことに首を突っ込みまくって痛い目を見る。


 そして、田舎のヤンキーなので自力で解決できることがほぼない。基本口裂け女先輩や元レディースの姉ちゃんなどその場で一番強い奴に泣きついて助けてもらう。


 何より、田舎のヤンキーの成長に全ての比重が置かれているので、物語の都合上、取り巻きは死ぬけどボスの巨悪は主人公とタイマンで決着をつけさせるため生き延びているみたいなことが発生する。


 自分はゲラゲラ笑えたけど、たぶんヘイト管理や罪と罰の不均等に引っかかるひとはいるんじゃないか。



 でも、こういうのって作品のマーケティングさえクリアできればあとは作品に合わせた観客の倫理観チューニング能力によるものだと思うので、そこは大丈夫。

 無料漫画のコメント欄にそういうツッコミを入れてるタイプのひとは、このタイトルの映画に二千円近く払わないだろう。斜め上のリスクケアだな。



 そして、このタイトルでスプラッタホラーを期待して観に来て「あっ、違うんだ……まあ面白いからいいか」と思ってたひとには最後で最高の撮れ高を見せつけて嬉しい驚きを与えてくれる。


 何と言っても口裂け女役の屋敷紘子は韓国のアクション映画監督に師事し、ハリウッドの出演や、アクションゲームのモーションアクターまでこなした女優なのだ。いや、よくこの仕事受けてくれたな!?


 本当に殺陣が最高なんですよ。

 あれは絶対キル・ビルのクレイジー88戦のオマージュ。階段を駆け上がりながらの鍔迫り合いや、足元にカメラを置いたアングルや、竹をまさかの臓物で代用したバンジーはまさにそれ。

 キル・ビルが好きならそこだけで観る価値があるよ。



 個人的には令和で口裂け女をやる意味もよかった。

 強い怪異ならテケテケなりターボババアなり、洒落怖発の現代らしいものにもできただろう。

 でも、これは田舎のヤンキーの物語だから。


 現代の青春モノって結局首都圏でそこそこちゃんとした段階を踏んできたひとには共感しやすい。

 だけど、田舎の実家で底辺校で目的もなく日々を過ごしてるような不良の日常なんて、昭和と大して変わらない訳で。

 そんな彼らに希望の光を与えられるのは、同じく忘れられた昭和の遺物の口裂け女でしかないのだ。


 東リベはタイムリープを使って、「あの頃いきがってた俺らってあんなダサかった訳?」とそこからのリベンジを描くけど、リアルタイムでダサくて古い日常を送ってるヤンキーには同じくらい古風な都市伝説がぴったり合う。

 そういう意味では同時期公開の東リベとタメを張れる映画とも……やっぱりあんまり言えないな。


 あと、このタイトル、「俺たちの先生は口裂け女師匠だぁー!」って意味かよ!って中盤で驚くんだけど、もう一個の本来の意味が回収される瞬間が面白いですね。

 そういえば台湾ホラーの怪怪怪怪物も現代には「報告老師!」とついていた。

 青春ホラーの教師は怪異を呼び寄せがち。大変だな。


 手放しでひとに勧めはしないし、合わないひともいるだろうけど、このタイトルでちょっと面白そうじゃんと思えるひとにはお勧め。


 夏邦画だと、よっすお待たせじゃあまたねもすごくよかったので近いうちに感想をまとめたいです。


 キラーカブトガニといい、今年のB級ホラー映画は意外と輝かしい青春を見せてくれる。

 本当に青春を描くのにカブトガニと口裂け女が必要か? どうかな……。

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