aftersun/アフターサン

 めちゃくちゃよかった。まだ上半期だけど今期どころか今年というか人生のベスト映画かもしれない。


 何というか、実際に離婚した父とひと夏の思い出なんてないけれど、これは自分の話で自分の思い出だと思わされる。



 どこまでのひとに伝わるかわからないけど、子どもの頃に連れてってもらった旅行って、親は思い出作りのために観光地連れてったりしてくれるけど、それよりどうでもいいことの方が鮮明に覚えてたりしませんか。


 バスの添乗員のお姉さんの変な言葉遣いとか、ホテルの談話スペースで酒飲んでる親の隣で飲んだサイダーとか。

 体験教室みたいなイベントで作ったお土産はどっか行っちゃったけど、旅館の隅でやる気のないゲーセンのUFOキャッチャーで取った汚いフェルトのマスコットはずっと机の隅にあったり。


 そういう思い出しもしなかったような胸の奥の記憶を、子どもの温かい手でぎゅっと絞り出されるようなすごい映画だった。



 これは11歳の少女が離婚した父とトルコで過ごした、最後の夏の記録。それを、父と同い年になった娘が自分の誕生日に再生するのだ。


 容量の少ないビデオカメラで収めたように、全ての映像は断片的。

 観光地を巡ったり、イベントがあったりしたはずだけど、映されるのはプールで日焼け止めを塗ったり、食事の最中チップを強請られる前に逃げたり、洗濯物を干したりする、どうでもいいような一幕ばかりだ。


 こういう背景を持った親子でこんな感情の流れがあって……というストーリーが生まれる前にシーンを切り替えまくるので、つい観ている方が自分の思い出と繋げて補完して、これは自分の話だと思ってしまう。

 ある映画の批評で押井守監督が長回しに対して「フィクションなのだからカットを割るべき」と言っていたけど、この作品はカットを割ることで現実になる感じがする。


 カットを切り刻んで断片にする手法はツァイ・ミンリャン監督とかビー・ガン監督などのアジア映画っぽく思えた。あっちはストーリーではなく幻想にするために、こっちは思い出にするために、という感じ。



 子役が上手いのは勿論、11歳という設定もちょうどいい。幼い子と遊ぶのは嫌だけど、彼氏彼女を連れた中学生くらいには混じれないし、同い年くらいのこと恋でもした方がいいのかなというぼんやりとした焦り。

 水球でボールがずっと回ってこない場面、癇癪を起こす子どもや自分を仲間に入れてくれたティーンエイジャーのキスシーンへの目線とか、すごくいい。


 大人でも子どもでもない焦りと疎外感は翻って、父の抱えていたものに気づけなかった痛みに変わる。


 少女の父は優しくて面白くて子どものために頑張ってくれるけど心の闇をずっと抱えていた。何が原因なのかは一切明かされない。

 父と同い年になって見る記録は常に「今なら父の抱えていたものに気づけただろうか」という後悔に満ちている。映像は巻き戻せても時間は戻らない。


 時折抽象的に暗いダンスフロアで一心不乱に踊る人々と、大人になった少女と昔のままの父の映像が挟まれる。楽しい思い出に付き纏う死の影が、終わりまでの日にちを指折り数える夏休みのようで切ない。


 タイトルにもなっているアフターサンクリーム(日焼け止めではなく日焼けした後に塗るもの)の使い方もよかった。

 いつもは父に塗ってもらっていたけど、年上の少年少女が指を絡めながら塗っていたのを見てからは自分で塗ると父を拒絶したり、でも、結局背中は父に塗ってもらったり。

 どうしようもなく子どもでしかなかった頃の無力感がある。

 父娘がお互いにアフターサンクリームを塗るときは、涙を拭うようにも見える。


 うっかり最後まで話してしまいそうになるけど、ラストシーンがとにかくすごくいいので観てほしい。


 大きなイベントより焼き付いた細やかな場面。大人でも子どもでもない頃の疎外感。優しい父がひとりの人間として抱えてた気づけなかった苦悩。

 でも、愛されてたことだけは確かな記憶全てを示してる。




 できれば、最初はひとりで観に行ってほしい。他人と感想なんか言わずに、自分の中の傷を掘り返して、映画館のトイレで泣きたいような映画。

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