日記:ヤニカスアパルトヘイトとWi-Fiの亡霊
地元でよく行っていた商業施設内の寂れたカフェが潰れていた。寂れたカフェだったらか。仕方ない。
席で煙草を吸える今時貴重な場所だったし、その上充電もできて原稿をやるのに最適の場所だった。
地元の治安は最悪だから他所より喫煙所も喫煙目的室も多い。
ヤニカスも多いが、喫煙できる場所が有り余ってるので路上喫煙は意外とほぼ見かけず、大人しくちゃんと灰皿のところに集まっている。収容場所さえあれば案外ちゃんと棲み分けができるものだ。
ヤニカスアパルトヘイトと呼んでいる。
昔はここまで吸っていなかったのに、気づいたらヘビースモーカーと呼ばれかねないとこまで片足を突っ込んでいた。
自分は普通の九時五時勤務とはちょっと違う形態の仕事をしている。まあざっくりと観光関連の仕事だ。
原稿を進めるのは大抵仕事が終わった後なんだけど、出張や夜勤の後だとそこそこ疲れてることがあり、ヤニを吸って血圧を上げるヤニカスブーストドーピングをしていた。絶対え長生きしねえよ。
それがいつからか物を書いてると煙草を吸いたくなるという状況に逆転した。馬鹿のパブロフの犬だ。
肺胞と原稿は等価交換。
たまに煙草吸ってるのはカッコつけだいや社会への反抗だとか議論見るけど、ヤニカス当人からしたらもう何で吸ってんのかわからないですからね。
気づいたらだよ。コーヒー飲むのに社会的な理由とかあんまりないじゃないですか。
そんな感じ。
こんなんだけどまだスモーカーの自覚はそんなにない。
吸い始めの試しに吸ってるだけで喫煙者というほどでは……くらいの気持ちのままでいる。
友人にそれを伝えたら「学校の怪談に出てくる死んだこと気づいてなくて成仏できない女の子の霊みたいだな!」と言われた。
死んでたんだ……。
亡霊で思い出した。嫌な話の展開だ。
今日スマホを弄りながらカフェの跡地の前を通ったら一瞬Wi-Fiが接続された。
たぶん後片付けや何かで完全に機材が取っ払われてなくて、まだ電気がついていたんだろう。
何だこの弱いWi-Fiと思いながら設定画面を開いたら、潰れた店の名前が表示されていた。あっと思ってるうちにすぐ消えてしまった。
完全にホラー映画や昔の怪談で、死んだひとの霊がぼんやりと佇んでいて、あの面影は確か……と思って振り返ったときには消えている瞬間だった。
令和はWi-Fiも亡霊になる時代か。
ぼんやりと切なくなった。
潰れた店の跡地とか、廃盤になったアイスや飲み物とかをふっと思い出して、一秒だけ切なさ未満の気持ちになるみたいなことがある。
人間関係もそれに近いか。
元々人間関係が希薄だし、連絡はほぼ取らないし、ここのところ忙しさを理由に仕事以外で一切他人に会ってない。そんな感じで消滅した関係はたくさんある。
寂しくならないのか聞かれて、うーん嫌いになった訳ではないし、数年に一度思い出すことあるけど、改めて連絡するほどの気力はないしなーとか言っていた。
やっと最近潰れた店とか廃盤のアイスに感じる懐かしさだこれはと気づいた。
まあ、そのくらいなら向こうもたぶん気にしてないだろう。チューペットが販売終了しても別のメーカーから似たのがゴマンも出る。
そう思って気楽に人間関係の焼畑農業をしている。焼いた後に何も育たなかったらもうそれただの放火じゃねえかなあ。
低気圧だし、まとまった文を読むと疲れるから、今日は穂村弘の歌集とかアウトロー俳句・屍派の句集とか読んでいた。
この句が好き。
「もう会わぬ奴に 鯛焼き 買ってやる」
これが春の句として収録されてたも含めて。
それはそうとして、貴重なヤニカスアパルトヘイトがひとつなくなってしまったのは辛い。近所のタバコ屋も店主が死んでなくなってしまった。
その店は台車の上にスタンド式灰皿を置いてある脅威の移動喫煙所を有していた。
ひみつ道具〜、どこでも喫煙所〜。
いざとなったら灰皿台車を押して歩くか。街中を。
捕まりそうだがイマイチ何罪に問われるのかわからない。
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