第249話

神坂冬樹かみさかふゆき 視点◆


2月があっという間に過ぎ去って3月になり、姉さんの卒業式の日になった。

うちの学校の卒業式は一般的にイメージされるような厳かな雰囲気で行われ、校長先生や来賓の挨拶があって、在校生代表として生徒会長が送辞を読み、卒業生代表として元生徒会長が答辞を返す慣例にしたがった段取りで進むことになる。今回の卒業式では送辞と答辞をハルと姉さんがそれぞれを担当する事になって、うちの高校では送辞と答辞を兄弟姉妹が担当するのは初めての事で職員室でも話題になっていると高梨たかなし先生が教えてくれた。

ちなみに、その高梨先生は元々一緒だったみゆきさんの他に二之宮にのみやさんとも一緒に暮らすことになっている。

那奈ななさんが婚約者と復縁し、先方に請われて結婚を急ぎつつ前倒しで同居を始めることとなり、鷺ノ宮さぎのみやの家は母親の実家のすぐ近くにアパートを借りて、隆史たかしは母親とそこへ暮らすことになったとのこと。

那奈さんは二之宮さんのことがあり二之宮さんが大学へ進学するまでは先延ばしにしたかったみたいだけれど、自分の都合で一度破談にした負い目もあって急ぐことになり、婚約者さん側が受け入れの姿勢を示したので二之宮さんを連れて行くつもりだったみたいだけれど、新婚かつ義父母との同居になる状況で自分みたいな人間がついていくのは那奈さんに迷惑をかけるからと固辞し、同時にまだ住まいを探していた高梨先生とみゆきさんが那奈さんがいなくなる僕のマンションに居続け二之宮さんと同居することにして話を着けた。

那奈さんと二之宮さんが互いに気を遣いあって話が硬直していたところで、高梨先生が二之宮さんを引き受けると名乗りを上げ、それならそのまま高梨先生とみゆきさんが僕のマンションに住むようにすれば良いのではないかと提案した。高梨先生たちからは一度遠慮をされたもののセキュリティのこともあり、那奈さんからもお願いされて受諾し高梨先生たちは3人で僕のマンションに住み続けることに決める流れとなった。

那奈さんは引き続き二之宮さんの養育者を続け、頻度高く会うための時間を作るつもりだという。

余談になるけど、芳川よしかわさんのお兄さんが那奈さんへ想いを寄せていたそうで、ちょっとしたトラブルがあったみたいだけど、最終的には祝福してくれたとのことだった。

その出会うきっかけになった芳川さん本人は相変わらず男性への恐怖心が拭えてなくて、通信制の高校で学びつつも大学進学については迷っているということらしい。


姉さんは第一志望の国立大学の合格発表がこれからなものの、第二志望の私立には合格していているからか気持ちに余裕があるようで、久しぶりに晴れやかな表情になっているように思う。


卒業式はこれといった問題が起こることもなく進行したけど、姉さんが答辞で『周囲に流されることなく、自分の目と耳で情報を得て、自身で正しいかどうかを判断する大人となりたいし、一緒に卒業する仲間や後輩たちにもそうあって欲しい』と言った時に生徒や教職員には異様な緊張した空気がになったものの、保護者や来賓者はただの一節と捉えられたようだった。



卒業式が終わり一度教室へ戻ってホームルームを行ってから、卒業生の見送りのために多くの在校生が校庭へ出ていて僕もそれに倣って校庭へ出た。僕の他にハルや美波みなみ、それにいつも一緒に行動している友人たちもついてきた。


「姉さん、卒業おめでとう」


姉さんは別れを惜しむ生徒たちに囲まれていたので落ち着くまで様子を見ようと思ったのだけど、ハルたちに相談するまでもなく囲んでいた生徒たちが僕たちに気付いて話せるように囲んでいる一角を開けてくれたので、そのまま話しかけた。


「ああ、ありがとう」


「お姉、卒業おめでとう」

夏菜かなお姉ちゃん、おめでとう」


「春華と美波もありがとう」


姉さんが僕へ返答するとハルや美波も続いてお祝いの言葉をかけ返答の応酬になった。


「姉さん、答辞のって予定になかったんだって?

 先生がヒヤヒヤしていたらしいってハルから聞いたよ」


「ああ、即興で入れさせてもらった。

 私たちの背景を知らなかったら特別でないただの一節だから、先生方も苦笑いで特に何も言われなかった。

 もっとも、春華には少し愚痴混じりで話したみたいだがな」


「最後だからって・・・」


「最後くらい良いだろ。学校への貢献は卒業生の中では一番だったという自負がある」


「たしかにそうだろうけど・・・まぁ、お祝いの雰囲気に水を指すのも難だからこれ以上はやめておくよ。

 じゃあ、また後でね」


僕らはこれからも会えるし、今日はこのあと神坂うち岸元きしもとの家での内輪のお祝いをするので、あとは他の生徒に譲って僕らは姉さんの元を離れ、一緒に校庭まで出てきたハルや美波や友人たちも何人かはそれぞれお世話になった先輩へ挨拶をすると言って離れていった。


僕はこれと言ってお世話になった先輩はいないので人が少ないところへ下がって遠巻きに風景を眺めることにした。


「冬樹さんは夏菜先輩以外にご挨拶をなさらないのですか?」


僕と同じ様に挨拶する先輩がいないようで、僕について来た梅田うめださんが尋ねてきた。


「うん、僕は部活をやっていなかったし、姉さんを通じて多少ご縁があった先輩もいるけど、わざわざこの中を探しに行くほどではないかな」


「そうなのですね。わたくしは転校してきたばかりですからこの学校にはいらっしゃらないですけど、前の学校にはご挨拶をさせていただきたい先輩がいらっしゃいます」


「そうなんだ。前の学校の卒業式に行くの?」


「いいえ。前の学校も今日が卒業式ですし、こちらの学校を休んでまで行くほどではないかと・・・それに、特に親しかった先輩や友達とは連絡が取れますし、先程メッセージを送信しました」


「そっか。変わった時期に転校してきたから何か事情があったのだろうと思っていたけど、親しい人がいたんなら良かったね」


「ええ、人間関係は良好でしたから・・・でも、この学校でも冬樹さんや春華さん、それに他のみなさんも良くしてくださって転校してこれたのは良かったと思っています」


「そう思ってもらえるのは嬉しいね。

 3年でも同じクラスになれるみたいだし、前の学校の人達と同じくらい仲良くなれたら良いなと思うよ」




◆梅田香織かおり 視点◆


「わたくしも冬樹さんとは今以上に親しくさせていただきたいと思っていますよ・・・それこそ美晴みはるさん以上に」


「ごめん、最後の方が聞き取れなかった」


「気になさらないでください。独り言のようなものですから」


卒業式が終わり、卒業生の見送りに校庭へ出てまいりました。

夏菜先輩へ挨拶をする冬樹さんについて来たわけですが、夏菜先輩への挨拶を終えると冬樹さんは他の方へのご挨拶はされないようで、他の卒業生方へご挨拶をするするために春華さんたちが離れていくと冬樹さんの側へ残ったのがわたくしだけでしたので、少し気が緩んで余計なことを口走ってしまいました。

しかし、いま口にしたことは本心で、これから卒業までに冬樹さんともっと親しくなり、できることなら美晴さんと替わって恋愛関係になっていたいものです。

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