第240話

鷺ノ宮隆史さぎのみやたかし 視点◆


姉貴から電話があり、中条なかじょうさんとりを戻し今度こそ結婚するという事で話が進んでいるという話をされた。

厳密には縒りを戻すという表現は間違っていて、俺が起こした問題に巻き込まれて姉貴が身を引いただけで、姉貴も婚約解消は本意ではなかったはずなので俺が問題を起こす前に戻ったということだろう。


電話ということもあるし、言いにくいこともあるだろうから詳しくはわからない。

俺のせいで家と家の繋がりで迷惑をかけない様にという考えがあったはずだし、それ以外にも姉貴が多額の損害賠償に応じるための金を用意するために風俗で働いたこともその理由だったはずで、そういった事に関しては固い考えの姉貴が考え直したことは不思議に思ったけど、何はともあれ元に戻ってくれたのは本当に良かったと思う・・・


姉貴の知らせを受けて気持ちが落ち着くと涙が流れてきた。姉貴に苦労をかけ、幸せになる邪魔をしたことがずっと引っ掛かっていて、それが目に見える形で解消に向かっていることを感じたから安堵したからだ。

俺自身が厳しい状況になってしまうのは自業自得でその事はいくらでも償っていきたいと思っているけど、姉貴は何も悪くないのに巻き込んでしまって、後で復帰したとは言え仕事を追われることになったし、金銭的にも負担をかけ本来ならしなくて良かった風俗勤めまでさせてしまった事は何よりも辛かった・・・

・・・とは言え、仲村なかむら先輩や美波みなみ芳川よしかわさんの家族はもっと理不尽に家族が性のはけ口にされたのだし、俺には姉貴を思うことすら許されないのではないかという気持ちにもなる。



美波とは主にメッセージでのやり取りだけだったけど、毎日欠かすことなくやり取りを行いクラスメイトと楽しく学校生活を送っている様子がうかがえる・・・もちろん、俺に対して負の部分を見せていないだけの可能性もあるけど、そんなことを疑いだしたらきりがない。

最新の話題は仲の良い友人たちで集まって神坂かみさか兄妹きょうだいの誕生日会を開催することで、プレゼントの用意で神坂兄妹きょうだいには秘密して友人たちで買い物へ行ったことを楽しそうに伝えてくれている。




今日も仕事を終えてスマホを確認するとメッセージの着信があり、美波だと思ってよく確認せずにロック画面から直接メッセージのやり取り画面を開くと仲村先輩とのやり取りの画面だった。


【久し振り】

【隆史に直接聞きたいことがあるから電話してくれないかな?】

【今日なら20時以降に出られるようにしておくし、今日が駄目ならいつなら大丈夫なのか教えて欲しい】


仲村先輩が今更俺に何の用があるのかわからなかったけど、俺のせいで一番不幸になったとも思える相手でもあるので無下にするわけにいかず、夕食を食べ風呂を済ませてから電話することにした。


『もしもし、隆史?』


「はい、鷺ノ宮です」


『ごめんね。電話ありがとう』


「いえ、仲村先輩にはとんでもないことをしてしまっていましたし・・・」


『そう思ってくれてるんだね』


「当然です・・・一番悔いていることです」


『わかった。じゃあさ、どうして岸元きしもとさんと付き合うの?』


「それは・・・償わないといけないですから・・・」


『私は?』


「え?」


『私への償いはどうなるの?』


「それはさせてもらいますけど・・・」


『じゃあ、私とも付き合ってくれるの?』


「それは・・・さすがに二股はできないです」


『私も付き合って償って欲しいんだけど。

 ちゃんとは聞いてないけど、岸元さんより私のほうがたくさん汚されたはずだよね?』


「それはそうですけど・・・」


『あの時も今も隆史の事が好きだし・・・だからあのゲスな連中に凌辱されても堪えたんだよ!

 どうして私じゃダメなのよ!』


仲村先輩が声を荒らげて訴えてきた。


「そのことは本当に申し訳ないと思いますし、他のことで償わせてもらえないですか?」


『それなら、岸元さんと別れて私と付き合って!』


「それだけは・・・」


『じゃあ、岸元さんと別れるまでは二股でいいから付き合ってよ!』


「それも・・・」


『何だったら良いのよ!

 私が岸元さんと話をして隆史と別れてもらえば良いの!?』


「それはやめてください!」


『岸元さんと別れたくないから?』


「彼女をこれ以上傷付けたくないからです」


『私は傷付いても良いってこと?』


「そんなことはないです。

 でも、先輩に償いをするために美波を傷付けることだけは・・・」


これ以上言葉が浮かばなくて、また仲村先輩も言葉を発さずしばしの沈黙が訪れた。


『・・・たしかに、私が悪かったわ。

 岸元さんは悪くないのに腹立たしく思ってしまって行き過ぎたわ。ごめんなさい』


「いえ、まさかあんなことをされ続けた先輩が俺なんかと付き合いたいと思っていてくれたなんて想像もできずにすみませんでした」


『今更ね。でも、隆史がいつかマトモに戻ってくれると信じて堪えてたし、警察や学校にだって最後まで隆史に不利になるようなことを言わなかったのよ』


「そうだったんですね・・・本当にすみません。

 美波から付き合おうと言われて・・・それで償えるならって思って・・・」


たしかに凪沙なぎさが真実を証言してから俺の処遇が急に軽くなったのには違和感があったけど、繰り上がって一番の被害者になっていた仲村先輩が俺に不利にならないようにしてくれていたからと考えると辻褄が合う。


『岸元さんが隆史に好意を抱いたことは悪くないし、それで拒めなかった隆史の気持ちもわかるわ。

 そして、隆史が岸元さんに対してどれほど不満を持っても償いだと思って自分からは別れるつもりがないのでしょう?』


「はい・・・」


『わかったわ。それで、岸元さんだけでなく私に対しても償いをする気持ちがあるわけよね?』


「それは当然です」


『なら、まず私とも頻繁に連絡を取り合って。

 それと、名前で呼んで。岸元さんは名前で呼び捨てにしているのに、私に対して仲村先輩呼びはよそよそしくて嫌』


「・・・梨子りこさんで良いですか?」


『さんは要らない』


「・・・梨子・・・でいいでしょうか?」


『うん。ぎこちないけど、まだしょうがないわよね。これから言い慣れてね』


「はい。これだけで良いですか?」


『これだけで良いはずないでしょう。

 岸元さんと別れた時は私と付き合うこと』


「・・・それなら。でも、な・・・梨子も美波へ俺と別れるように働きかけるようなことはしないでください」


『そうね。それは約束するわ。

 いくらなんでも岸元さんに悪いし。

 でも、そういう約束をしたってことは伝えるわよ』


「それは・・・しょうがないですよね・・・でも、それは俺から伝えさせてください」


『そうね、私からそんな話をしたらそれだけで拗れちゃいそうだし、隆史が言うべきね』


「それと、電話やメッセージで伝えたくないので俺が九州こっちの仕事が終わって、東京そっちへ戻ってからでいいですか?」


『3月の終わりまでだっけ?

 わかったわ。それまでは岸元さんにも言わないで良いわよ。

 その代わり、東京こっちへ戻ってきたらすぐに話してちょうだいね』


それからは梨子が大学へ合格した話や連絡を取り合わなかった間の日常的な話をして通話を終えた。



電話が終わってから整理する様に思考を巡らせてみた。

あんな酷い目に遭わせたのに俺と付き合いたいという梨子・・・俺のどこにそんな好意を持ってもらう価値があるのかわからないけど、美波と同様に誠心誠意償いをしていきたいと思う。

当然、あと一人の被害者である芳川さんに対しても償いをしなければならないけど、俺から連絡をするのはおろか、誰かに間に入ってもらって俺が何をすれば償えるのか聞いてもらうことすらもすべきではないと思う。俺と関わらないことで平穏な生活を送れているとしたら俺が関わることで壊しかねないので、ひたすら待つしかない。

そして、梨子との約束を美波へどう伝えればよいのかを考えると今から気が重い・・・

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